インドやスリランカでよく使われる「カレーリーフ」というハーブをご存じだろうか。その名の通り、カレー作りには欠かせない葉っぱ……ではないのだと熱く語るのは、東京都大田区(最寄りは大森駅)にある南インド料理店の老舗「ケララの風モーニング」の店主、沼尻匡彦さんだ。
日本における南インド料理の先駆者である沼尻さん。「ケララの風II」時代は南インドの定食であるミールスを出していたが、現在は「ケララの風モーニング」に名前を変えて、南インドの朝食や軽食を提供している。
沼尻さんの話では、インド料理店でナンと食べるようなカレー、日本の家庭で食べられているご飯に合うカレー、じっくりと煮こまれた欧風カレー、あるいは最近話題のスパイスカレーなどには、なんとカレーリーフは合わないそうだ。ではどんな料理に使えばいいのかと聞けば、「カレー以外の様々な料理」なのだとか。えー!
カレーリーフという名前なのにカレーに入れるなとはどういうことか。これはトンチなのか。そもそもカレーリーフとは何か、どのように使えばいいのかを、講義&実演&試食のワークショップ形式でたっぷりと教えていただいた。
【目次】
カレーリーフは生で使ってこそのハーブ
――カレーリーフとは、一体どんなハーブなんですか。
沼尻 「南インドやスリランカでよく使われるハーブです。とても香りの良い葉っぱで、マレーシア、シンガポール、バングラデシュあたりでも使われています。
日本にも奄美以南なら自生しているという説があるみたいだけど、探しても見つからないようです。だから日本にはカレーリーフを利用する食文化はなかった」
これがカレーリーフ。生の状態で試食をさせてもらったところ、良い意味で青臭く、ルッコラと山椒とゴマと青いミカンを足して割ったような、とても鮮やかでスパイシーな香り。味は普通に葉っぱの味というか、ちょっとほろ苦いくらいで、辛味はまったくない。
――南の国の植物なんですね。
「そうです。ミカン科に属する植物で、日本名はオオバゲッキツ(大葉月橘)、またはナンヨウザンショウ(南洋山椒)。カレープラントという植物もあるけれど、これはまったく別でキク科。
スリランカではツナパハというミックススパイスに乾燥したカレーリーフを使うこともあるけれど、乾燥したものは香りの質が違うので、フレッシュとは完全に別物だと考えてください。生のカレーリーフの代わりとしてドライを入れるくらいなら、入れない方がいい。
――そこがローリエ(月桂樹)とは違うんですね。
この店で使っているのも、もちろん生のものです。サンバル(豆・野菜料理)やトーレンなどの炒め物には、ほぼ例外なく使われています。入れると香りが全然違うんです」
生のカレーリーフが使われているケララの風モーニングの料理。友人より写真を拝借。
ドライのカレーリーフはフレッシュとは全く違って、緑茶や紅茶、ローリエのような香りがする。
――カレーリーフという名前ですが、いわゆるカレーの香りとは違いますね。カレーに使うスパイスという意味ですか。
「そもそもカレー自体がインドにはない料理名。現地の言葉に『カリ』はありますが、食べもの、煮たもの、蒸したもの、美味しいもの、おかずみたいな意味で、日本人がイメージするカレーを表すものではない。現地では料理にスパイスをたくさん使うのが当たり前であり、調理法と材料の組み合わせで料理を表します。
カレーはインドを植民地にしていたイギリス人が、適当につけちゃった料理名。カレーパウダーを売るためにイギリス人が作った言葉。イギリスの辞書に初めて載ったカレーの定義は黄色い食べ物だから、ターメリックで黄色くしてあればカレー。であれば沢庵も立派なカレーだよね」
――カレーという料理がインドにないとなると、カレーリーフはどこからきた名前ですか?
「南インドのタミル語でカルベピライ、ケララ州のマライヤラム語でカリヴェッピラ、公用語ヒンディーでカリパッタ、スリランカではカラピンチャと言います。カレーリーフという名前もイギリス人が作ったんだろうね。『インド人が料理によく使う葉っぱ』くらいの意味であり、カレーとカレーリーフは関係ない」
――現地の名前と、微妙に似ていますね。
「このカレーリーフという名前が邪魔をしていて、どうしてもカレーに使うものだと思ってしまうけど、日本風、欧風、北インドの塩気が強くて濃いカレーには、まったく合いません。もちろん好みなのでなんともいえませんが、私としてはお勧めしない」
カレーリーフという名前だけどカレーには使わないのが沼尻流。
「カレーリーフは暑い地域の植物なので、インドでも南インドでしか使われていませんでした。それが20年くらい前にインド全体で南インド料理ブームが起きて、サンバルなどを作るのに欠かせないスパイスとしてカレーリーフがインド中に広まった。向こうでは安いからね。生垣とかに植えるから、その辺に生えているんだもん」
――それで北インドのカレーに合わないんですね。どうやって使えばいいですか。
「そのまま入れたり、素揚げしたり、テンパリング(油で炒めて香りを移す技法)したり。食べるにはちょっと硬いけど、しっかり噛んで飲み込むと結構うまいんだよ。でもインド人は普通に残すことが多いかな。アーユルヴェーダ(インドの伝統的医学)的には、若ハゲと若白髪に効くとされています」
サッと素揚げすると香りが立って鮮やかな色になる。
スパイスなどを油で炒めて、香りを引き出すのがテンパリング。
――生のカレーリーフが日本ではなじみが薄いのはなぜでしょう。
「やっぱりカレーリーフという名前が一番のネックなんじゃないかな。カレー用のハーブじゃないのにカレーに使っちゃうから、こんなものかと思われてしまう。だから今日はカレーリーフという名前は一旦忘れてもらって、脳みそをリセットして初めて出会ったハーブだと思って試してみてください。
カレーリーフは素晴らしい食材なので、日本人はもちろん、まだ活用できてない世界の人たちに知ってほしい。胡椒や唐辛子と同じように取り入れてもらえれば、食卓がぐっと豊かになる。カレーリーフの普及により、世界の料理地図の隅っこ1cm2くらいが塗り替わることを夢見ています」
日本におけるカレーリーフ栽培の歴史
――沼尻さんは最初、どうやってカレーリーフを入手したんですか。
「日本で南インド料理を作ることを40年近くやっているけど、現地の料理を再現するには本物の材料が不可欠。でも昔は手に入るスパイスや食材の種類が本当に少なくて、ニガウリ、ヘビウリ、インドの唐辛子、コリアンダーなんかを自分で育てていたんだけど、1998年頃にあるインド人からカレーリーフの苗を譲ってもらった。
畑に植えて収穫した葉っぱを生で使ってみたところ、ぜんぜん料理の仕上がりが違った。このカレーリーフの味を覚えてしまったら、もう元には戻れないんだよ。どうにかしなきゃと自分で栽培するようになって、花が咲いて実がなったので、その種から苗を作って増やしたんだ。
この味をもっと広く知ってもらおうと、これまで20年間で1,000株くらいタダで配っている。最近はカレーリーフの苗も入手しやすくなったけれど、5年くらい前までなら日本のカレーマニア、料理マニアが育てているカレーリーフは、元をたどればかなりの確率で俺が配った苗だと思うよ。家元制度にしておいて一株10円でも上納金がもらえるようにしておけばよかった。わはは」
友人宅にあるカレーリーフ。これも遡れば沼尻さんに辿り着くのかも。冬でも家に入れておけば、どうにか枯れないそうだ。
――お店で使っているのは、どこのカレーリーフですか。
「沖縄です。自分で育てたり配ったりするのは限界があるから、2001年に沖縄でミカン農家をしている人に、これから南インド料理ブームが来るから儲かりますよ!っておいしい話を吹き込んで、栽培してくれるように頼んだんだよ。カレーリーフはミカンの仲間だからね。その頃はブームの気配なんてまるでなかったけど。
そんなうまい話はウソだとわかっていたみたいだけど、2002年からミカン畑を一つ潰してカレーリーフを育ててくれて、それが成功して2006年から本土で販売できるようになった。
もう一つ吹き込んだ話があって、せっかく栽培してもらったカレーリーフが売れないと、本当の詐欺師になっちゃうからやばい。自分が食べたくて作ってもらったんだから、本土に出荷するための売り先をこっちでも探したんですよ」
――沼尻さんにお金が入る訳でもないのに。でも確かに売る場所がないと、せっかく作っても困っちゃいますね。
「すぐに決まったのが、八重洲の草分け南インド料理店、東銀座の老舗南インド料理専門店。そして御徒町にあった総合食材店で、そこは個性的な野菜が売っていたから毎週2回くらい通っていて、ここならとカレーリーフの資料を持っていった。今は誰も知らないけれど売れるようになるから!ってまたプレゼンして。最初はもちろん断られたけれど、何回も話してたら相手が面倒臭くなっちゃって、どうせダメだろうと試しで一回おいてくれることになった。
それでもし売れたら考えてみましょうっていうから、裏で手を回して知り合いに買いに行かせたの。ダーティーに言えばサクラだけど、欲しがっている人に教えてあげただけだから。それでとぼけた顔して様子を見にいったら、どういう訳か売れるんですよって驚いていた。もう一回売ってみましょうっていうから、また買いに行かせて。それを何回かやっているうちにインド人のコミュニティに知られるようになって定着して、最近まで置いてくれていたんだよ。
今は沖縄で何軒も栽培している農家があるし、航空便でインドからも生のカレーリーフが輸入されています。ドライですらカレーリーフが手に入りにくかった頃と比べたら夢みたいな時代だよね」
――大変勉強になりました!
カレーリーフを使った料理を食べてみよう
上記の話を踏まえて、沼尻さんにカレーリーフを使った料理を作っていただいた。またカレーリーフはフレッシュだけではなく、沼尻さんが開発した「カレーリーフ・ソルト」という、素揚げして塩と一緒に砕くことで使いやすくしたものも活用。
そして今回は南インド料理の枠にとどまらない使い方を試してみようということで、ワークショップの受講者からも、いくつか料理を提案させてもらっている。
この日に試した料理レシピは、私のブログにまとめましたので合わせてどうぞ!
カレーリーフ・ソルトはケララの風モーニングなどで販売中。
まずは揚げたモチにカレーリーフ・ソルトをパラリ。油&炭水化物というカロリーの塊に、爽やかな香りが加わった。
たっぷりの油で揚げるように仕上げた目玉焼きにもカレーリーフ・ソルトが合う。
カレーリーフを素揚げした油で揚げたポテトを、カレーリーフ・ソルトを混ぜたマヨネーズで食べるという贅沢。右上のスパイスとカレーリーフをテンパリングして炒めたスパイシー・ナッツはつまみに最高。
カレーリーフとレモン果汁と水をミキサーにかけて、焼酎と甘いソーダで割るカレーリーフ・サワー。青いレモンから苦味を抜いたようなフレッシュな味。
カレーには合わないけどシチューにはあうんだぞとホワイトシチューに素揚げしたカレーリーフとカレーリーフ・ソルトを加えたもの、カブとキャベツのトーレン(蒸し炒め)、カブの葉のクートゥー(豆と野菜の煮物)、レモンライス。「南インド料理ならトーレンは避けてトーレン」とのこと。
釣り好きの参加者が釣ってきたアジをレモン果汁で締めて、カレーリーフ・ソルト、テンパリングしたカレーリーフとマスタードシードを掛けたマリネ。生魚との相性もバッチリ。葉っぱ自体は桜餅と柏餅の葉の中間位の硬さ。
私が釣ってきたハゼなどの唐揚げもカレーリーフ・ソルトで。油との相性は最高なので、天婦羅やポテトチップスでも試してみたい。
持参した自家製麺を友人に仕上げてもらったカレーリーフ焼きそば。あえて醤油を隠し味にしたが、見た目以上にうまいんですよ。
パウンドケーキのようなスウィーツに使ってもおもしろい。
クルミのクッキーも味が引き締まった。抹茶塩とも違う広がりがありそうだ。
このように多方面からカレーリーフの魅力と秘めたる可能性を確かめさせていただいたのだが、ちょっと他にはない唯一無二の爽やかさだった。山椒や柑橘の香りが好きな人には堪らない存在で、これが加わることで料理の本場度が一気にアップする。本場で食べたことはないけれど。
カレーリーフは試してみたい組み合わせがいくらでも思いつく食材であり、日本の家庭料理にも使いやすそうだ。そしてこれを味が濃くてモッタリしたカレーに入れてもピンとこないだろうなというのも理解できた。
保存方法は冷蔵で2週間、冷凍なら数ヶ月(解凍せずそのまま使う)、素揚げすれば3ヶ月とのこと。
「今回は調理の一例を示しましたが、他の和食、中華、フレンチ、イタリアンなどにも使える応用範囲の広い食材だと信じています。好奇心と開拓精神のある料理人の出現を期待しています!」
まだまだ日本では珍しい食材なので、購入先は西葛西や新大久保にあるインド食材店、蔵前のアンビカショップ、そしてケララの風モーニングなどに限られるが、機会があれば、いや機会を作って一度試してみると、その魅力が伝わると思う。
ネット通販で買えるのはドライのもの、あるいは鉢植えや苗木になってしまうが、食べられる観葉植物として一本育てるのもおもしろそうだ。
我が家にも沼尻さんからいただいた小さな苗があるので、これがもう少し大きくなったら南インド料理に挑戦してみたいと思う。
さらに詳しいカレーリーフの使い方からカレーリーフ・ソルトの作り方まで、YouTubeで沼尻さんが詳しく解説しているので、気になる方はそちらもどうぞ。
取材協力
※ケララの風モーニングは新型コロナ感染症対策のため、2021/2/8まで休業中です。最新情報はHPをご確認ください。
著者プロフィール
Source: ぐるなび みんなのごはん
カレーリーフはカレー以外に使え! 日本の「南インド料理の開拓者」から意外な使い方を習ってきた