西アジアや中東を中心に広く信仰されているイスラム教。信者は「ムスリム」と呼ばれ、様々な戒律を守りながら日々を過ごしている。使ってはいけない食材が定められていて、アルコールや「不浄」とされる豚肉はもってのほか。材料にほんの少し含まれていても許されない。
日本にもバングラデシュ人やパキスタン人などのムスリムが多く暮らしている。彼らの食材調達先になっているのが「ハラールフードショップ」だ。「ハラール」とは「合法」や「許されている」といった意味合い。つまり「ハラールフード」とは、イスラムの戒律に触れない食材や料理のことである。
ハラールフードショップは、ムスリム・コミュニティがあるエリアでの出店が目立つ。一般的にお店の広さはコンビニ程度。軒先に雑然と並んだ商品や看板にあしらわれた各国の国旗から、一目でハラールフードショップだとわかる。
そんなハラールフードショップの進化系ともいえるお店が、昨年3月オープンしたという。その名も「ボンゴバザール」。今にも太鼓の音色が聴こえてきそうな陽気な屋号だが、一体どんなお店なのか? さっそく調査に向かった。
トロピカルフルーツの山に目が釘づけ!
「ボンゴバザール」は、JR新三郷駅前から真っすぐ伸びる新三郷駅前通り沿いにある。高層マンションや団地が林立する通りをトボトボ歩くことおよそ20分。やっと見えてきた建物は、筆者の想像から大きくかけ離れた店構えだった。
トーンを抑えたナチュラルな配色、店内を見渡せる大開口の窓ガラス、併設した大型駐車場……。その佇まいは、私たちが慣れ親しんでいるスーパーマーケットのソレである。いわれなければ、だれもハラールフードショップと気づかないのでは?
スタッフも日本人ばかりで、パートのお姉さんが「いらっしゃいませ~♪」とお出迎え。う~む、ますますスーパーマーケットじみてきた。
ところが、入り口付近の青果コーナーを見て驚愕! そこには目を見張るような光景が広がっていた。
陳列用の什器には青パパイヤ、マンゴー、ココナッツ、ヤシの実といったトロピカルフルーツの山が。本来ならリンゴやイチゴ、きゅうり、かぼちゃなどの旬の果物・野菜が並んでいるはずなのだが、ああそうだ、ここはハラールフードショップだったのだ。
となりの什器には調味料の原料になるエシャロットや薬味に使われるパクチーがどっさり。日本人の食卓にはまったく馴染みのない野菜も堂々と売られている。国産だけでなく、外国産の野菜も瑞々しくて鮮度がいい。
「羊の牧場」に鎮座する大物冷凍肉に圧倒される
店内奥にある精肉コーナーもすごい。「羊の牧場」と題した一角には全長1メートル以上もある冷凍肉が鎮座! ラベルには「LAMB CARCASS」の文字――、つまりラム丸ごと一頭分の冷凍肉である。これだけ巨大な肉塊だと、家庭用冷蔵庫にはまず収まらないのではないか。
その傍らにはヤギのレッグが無造作に積み重ねられている。末広がりな形、適度な長さ。もはやこん棒だよ、これ。どれも4、5キロからの販売。圧倒的スケール感に、10円でも安い肉を求めてお店をハシゴする自分が情けなくなってくる。
壁側の冷凍肉コーナーは内臓系が充実。マトンの脳、肝臓、ハチノス(胃袋)などが並んでいる。羊肉を禁忌としている宗教はほとんどないとされており、ムスリムの食文化に深く根づいているのだ。
加工食品はマニア垂涎の品揃え! ビギナーは総菜コーナーへ
店内中央は香辛料や缶詰、お菓子などの加工食品コーナーになっている。一般的なハラールフードショップは地元の購買層に合わせた商品ラインナップになっているが、「ボンゴバザール」はバングラデシュ、トルコ、フィリピン、アフリカなど、ムスリムの割合が少ない国も含め様々な商品を取り揃えている。
棚は輸入先や産地ごとに分かれていて、それぞれの国の国旗やシンボルをあしらった装飾が施されている。一部に非ハラール食品も取り扱うが、ハラール食品の棚には「ハラールマーク」が明示されているのでムスリムも安心して買い物できる。
パッケージのデザインや配色にお国柄が出るようで、棚を端から端まで眺めていると各国の食文化を垣間見た気分に。マニアにはたまらない光景だろう。
「韓国」の棚では見覚えのある「辛ラーメン」を発見! よくよく見ると、この商品にもハラールマークが。ムスリムもあのヤミツキになる辛さを欲するときがあるのだろうか。近年、世界的に急成長しているハラール産業の片鱗を見せつけられた思いだ。
これだけ未知の食材を目にすると、筆者をはじめとするハラールフード・ビギナーはつい圧倒されてしまうだろうが、安心してほしい。この店はそういった消費者のフォローも忘れない。
嬉しいことに店内一角に総菜コーナーを設けているのだ。チキンキーマカレーやタンドリーチキン、焼きたてのナン……ずらりと並ぶ惣菜に胸が躍る。
丸いナンのような「パラタ」や淡水魚「ティラピア」の焼き物など、本場の雰囲気を感じさせる惣菜も捨てがたい。調子に乗って散財しないように注意しなくては。
社長の夢だったスーパー型ハラルフードショップ
はたして「ボンゴバザール」はどういった経緯で開業に至ったのか。店長の三ノ輪健さんに話を聞いた。
三ノ輪店長 「ボンゴバザール」は、日本型スーパーマーケットの特長を取り入れたハラールフードショップです。イスラム圏の輸入食品を関東一円の小売店に卸している「パドマ」が運営しています。
――どうして小売業に進出を?
三ノ輪店長 まずは「パドマ」設立の経緯をお話ししましょう。弊社の社長は、バングラデシュ出身のムスリムです。1980年代に来日したのですが、当初はハラールフードショップが少なく、食材の調達にとても苦労したそうです。
そこで、自らハラールフードの卸業をはじめることにしたんです。それから約40年、現在は1,500件ほどの小売業者と取引きしています。着々と事業を拡大していくなかで、社長の胸中にはある懸念がありました。それはハラールフードショップがムスリムだけに開かれていること。
――仰るとおり、お店によっては近寄りがたい雰囲気がありますね。
三ノ輪店長 国内にあるハラールフードショップの多くは個人店で、小さな店舗に商品をギュっと押しこんだ感じ。怪しげなイメージを抱く人も少なくない、と社長は考えたのでしょう。
日本人にも気軽に利用してもらおうと考えたのが、スーパーマーケット型のハラールフードショップだったんです。
――日本人とハラールフードを結ぶ架け橋というわけですね。となり街の八潮市にあるパキスタン人コミュニティもターゲットに据えていたんですか?
三ノ輪店長 いえ、その点はそれほど深く考えていませんでした。もともと「パドマ」は三郷市に本社を置いていて、ちょうど近くにスーパーマーケットの空き物件が出たんです。
跡地とはいってもそのまま使うわけにもいかず、一年がかりで全面改装しました。私が入社したのもちょうどその頃。べつのスーパーで働いていた経験から、店長を任されることになりました。
――その経験は活かされていますか?
三ノ輪店長 什器のレイアウトは日本のスーパーマーケットにならっています。入り口付近に青果コーナー、壁際には鮮魚や精肉のコーナー、店内奥に総菜コーナーといった具合です。
三ノ輪店長 店の奥に進むにしたがって商品は大きく重くなり、材料から調理済みの商品に変わっていく。これもセオリーです。
商品全体の50%を占めるハラールフード
――商品は自社で仕入れているんですか?
三ノ輪店長 はい、そこは卸業者の強みを活かして、ほかの小売店よりも安く提供させていただいています。
商品全体のおよそ50%がハラールフードです。スーパーマーケットはどこも商品が似通りやすく、全体の20%でも毛色の異なる商品が並べば「独自性がある」といわれます。このことからもうちの店がいかに特殊かわかるかと思います。
――インターネットでは「関東最大級の品揃え」とする意見も挙がっていますね。
三ノ輪店長 ちゃんと調べたわけではありませんが、それだけの規模はあるのではないでしょうか。
日本人のお客様に向けた非ハラールの商品もありますよ。例えば、漬物や菓子パン、カップラーメン、清涼飲料水など。当然ながらハラールと非ハラールを明示してトラブルが起こらないようにしています。
三ノ輪店長 オープン当初はほぼハラールフードだけを売っていたのですが、日本人のお客様から「私たちが買える商品はないの?」とリクエストされて、現在のラインナップになりました。
ノリで売り出した丸ごとラム肉が人気商品に
――「ボンゴバザール」は日本人スタッフが多いようですね。
三ノ輪店長 「パドマ」は150名ほどの従業員がいますが、内訳は日本人とムスリムで二分されています。卸業はムスリムが担当し、小売業はおもに日本人が現場に立っています。
――ムスリムの方が仕入れを担当しているなら、「ボンゴバザール」の商品も手堅いラインナップになりそうです。
三ノ輪店長 いいえ、じつは毎日が手さぐり状態なんですよ! 定番のハラールフードはある程度押さえられるのですが、日本のスーパーマーケットに導入されている「この商品を置いておけば間違いない」という、フォーマットはまだ模索中です。
だから商品の入れ替わりやレイアウト変更が頻繁に起こります。そうそう、「羊の牧場」の丸ごと一頭ラム肉も最初はジョークで売り出したものなんですよ。
――需要を見込んでの販売だとばかり思っていました。たしかに客寄せにはなりそうですが……。
三ノ輪店長 ところが、ムスリムのお客様がバンバン買っていくんです。ホントびっくりしますよ。
しかも、皆さん買い方が豪快で。まるでショベルカーみたいに棚をごっそり空にしていく。だから、客単価は日本人のお客様の2、3倍高いんです。もしかしたら、ミドルクラスのムスリムが日本に増えているのかもしれませんね。
ムスリムが憧れる日本料理用のハラール食材も
――ハラール認証の焼き肉のタレも売っていますね。
三ノ輪店長 ムスリムのなかには、焼き肉やラーメン、鍋など日本の料理に憧れをもつ人も少なくないようです。しかし、それらの料理のほとんどが戒律に触れてしまいます。そのため、ハラール認証された白だしやドレッシング、和菓子なんかも取り扱っているんですよ。
――日本人だけではなく、ムスリムの人たちにとっても未知の食と出会える場なんですね。
三ノ輪店長 そういった需要も営業していくなかで感じとったものです。当面の課題は、私を含めた日本人スタッフがムスリムの文化やハラールフードの理解をより深めること。リテラシーを底上げして、ムスリムのお客様にも日本人のお客様にも便利なスーパーマーケットを目指します。
取材から帰宅後、さっそく惣菜を実食! チキンビリヤニはスパイスの香りが華やかで、ナッツやレーズンの食感がいいアクセントに。まろやかな味わいのチキンキーマカレーは、スパイスが苦手な人でも美味しくいただける。小麦粉の生地を何度も折り重ねたパタラは、時間がたっても油っこくならずにもっちもち!
1,000円ちょっとでこのボリューム。どれも本格的な仕上がりで、お腹いっぱいハラールフードを堪能できた。旅行もままならないこのご時世、読者の皆さんも「ボンゴバザール」まで足を伸ばして、異国情緒を味わってみてはいかがでしょうか?
取材したお店
著者プロフィール
富士そばライター名嘉山
Source: ぐるなび みんなのごはん
日本人もムスリムも大満足のハラールショップ「ボンゴバザール」の心意気と品揃えがハンパじゃなかった