極太のスパゲッティをトマトベースのスパイシーなソースで食べる、東海地区の不思議な洋食系ローカルグルメ「あんかけスパ」。
この記事は、一時期の名古屋めしブームやB級グルメをきっかけに全国的にも知られるようになった、このあんかけスパの本当のスゴさを知るための「あんかけスパの楽しみ方入門」です。
前々回、前回の記事はこちらからどうぞ。
地元民も知らないあんかけスパの真実、そして老舗の本当のスゴさ【スパゲッティ・ハウス ヨコイ】
地元民も知らないあんかけスパの真実と、新時代を切り拓き続けるチェーン店【スパゲッティハウス・チャオ】
【個人店編】スパゲッティハウス シェフ 名駅西店
名古屋駅至近で楽しむ絶品あんかけスパ、今回はこちらのお店。
料理愛が強すぎるベテラン洋食シェフが自ら腕を振るう、ひたすら真面目なおいしさが圧巻です。
名古屋駅の新幹線改札がある「太閤通口」から西に数分歩くと、その街並みには突然、ローカルな下町の風情が漂い始めます。その一角にあるのが「スパゲッティハウス シェフ」。地元の超人気店です。
「シェフ」は35年前に名古屋市北区で創業、その後17年前に2号店としてこの名駅西店がオープン。創業者の木戸由起夫さんは創業のお店を奥様の弟さんに任せこちらに移ってこられました。木戸シェフは栄養士の学校を卒業したものの「あまりに料理そのものが好きすぎて」その後、料理の修業を始めます。修業の仕上げは豊橋にあるスパゲッティの名店「チャオ」でした(※こちらの記事の「チャオ」とはたまたま同名の別のお店です)。
チャオはあんかけスパの店として知られていますが、お店の雰囲気やメニューの内容も含めむしろ「洋食レストラン」と呼びたくなるような店です。木戸シェフはそこでみっちりと洋食コックとしての仕事を学びました。この店の料理にはその技術が存分に生かされています。
「単に濃い味付けで、大盛りで、お腹いっぱいになって、みたいなものは出したくないんです」
ソースは4種類の野菜をじっくり煮込んだピューレに、トマトや牛肉、スパイスが加えられ、それをオーブンで丸一日焼いて、さらに2日寝かせてベースが完成します。あんかけスパのソースとしてはオーソドックスな工程ですが、その随所にこの店ならではのこだわりが光ります。
例えば牛肉はスネ肉のみを角切りで使用。オーブンで丸一日煮込まれる中でそれは完全にホロホロになり、さらにそれを丁寧にこすことで、形は残りませんがソースに深い旨味を与えます。スパイスは隠し味的に黒胡椒以外のものも使われています。それが何なのかは内緒ですが、その微かな香りの要素がまた洋食らしい重厚さを醸し出しています。
そしてなんといってもこちらのソースの一番の特徴はその濃さです。ただし、それはどろっとした粘度の高さだけを言っているのではありません。味付けが濃いというわけでもありません。その濃さはすなわち野菜や肉から放出されたエキス分の濃さ。
丸一日を経てオーブンから取り出されたソースの素は、水分がある程度飛び、鍋肌に近いところには程よく香ばしい焼き色がついています。それを鍋全体に溶かし込むことでグッとコクが増すのです。ソースの素は最終的に水で伸ばし味付けをして完成するのですが、その際こちらでは「あんまり伸ばしすぎない」とのこと。そして、濃さゆえに、過剰な味付けは不要になる、ということです。あんかけスパの特徴の一つである黒胡椒の辛さも、あまりそれだけが突出することのないよう慎重に抑えられています。
「単に濃い味付けで、大盛りで、お腹いっぱいになって、みたいなものは出したくないんですよ」ときっぱりおっしゃるのは木戸シェフの奥様・由美子さん。「あの人(木戸シェフ)は一日中延々と仕込みしてますから」と笑いながらシェフに代わって一連のお話を聞かせていただきました。あまり水で伸ばさないということは仕込まなければいけないソースの素の量もその分、大量です。この日もオーブンに入るギリギリの大きさの鍋いっぱいに仕込みが進行中でした。
仕込みは一日中、トッピングは全て手作り…!
仕込みが一日中延々と続く理由はもう一つ、そのトッピングにあります。「全て手作りですから」と由美子さんはこともなげにおっしゃいますが、その労力は並大抵ではないはずです。特におすすめのトッピングは海老フライ。クリスピーなころもに包まれたそれは律儀なほどにまっすぐです。極細パン粉の薄ごろもでこれほど真っ直ぐに仕上げるのは丁寧な下ごしらえと技術の賜物。海老の太さのごまかしも効きません。
フライ物には別添えでタルタルソースが付いてきます。
実はこのタルタルソースこそがこの店の真骨頂の一つ。ベースとなる手作りマヨネーズは酸味も塩気もギリギリまで抑えられ、細かく刻まれた玉ねぎやピクルスなどの具と相まってまったりとした素材感。聞くと酢の代わりにピクルスの漬け汁を使われているそうで、まろやかさの秘密はそんなひと工夫にもあるのかもしれません。
このタルタルソース、海老フライと相性抜群なのは言うまでもありませんが、由美子さん曰く、もともとはカニクリームコロッケとの相性を追求して生まれたものなのだそうです。確かにカニコロの繊細さにはこのまろやかさが最適解かもしれません。「こんなにカニコロに合うタルタルソースは他に無いと私は思ってます。」と語る自信にも納得です。
タルタルソースの包み込まれるようなまろやかさと濃密なあんかけソースの対比もまた喜びに溢れています。
このお店で私がつい毎回頼んでしまうのが「シーフード」と名付けられた、海老フライ・カニコロ・帆立貝柱フライがトッピングされた物。もちろんタルタルソースも付いてきます。もし「名古屋の洋食屋さんでミックスフライ定食がいちばんおいしいのは?」と聞かれたら私はむしろこれを推薦するかもしれません。
その気分の場合は、手作りドレッシングと手作りポテサラの、とてもオマケとは言えないサラダが付いた「ロールパンセット」の追加もオススメです。なんだかクラシックなホテルのティールームで食事しているような贅沢感に浸ることができます。
実は私はこの店を訪れるたびにこのフライ物とタルタルソースの誘惑に打ち勝てず、ついつい同じものばかり注文してしまいます。そしてそれはどうも多くの常連さんも同じであるようです。
昨今なぜか「あんかけスパの代表メニュー」と目されがちな、ウィンナーやハムと野菜を炒めた「ミラカン」はこちらでは「デラカン」という名前で提供されていますが、世間の風潮をよそに、ここではやっぱり海老フライを筆頭とする洋食系メニューが人気とのこと。
余談ですがこの「デラカン」は「デラックス・カントリー」の略。このことはかつてミラカンの正式名称が「デラックス・ミラネーゼ・カントリー」という必殺技のような名前であったという伝説を裏付けているようにも思われます。
鉄板にするか皿にするか、大いに悩むべし!
スパゲッティハウス・シェフの特徴の一つが鉄板です。ほとんどのメニューが+50円で卵を敷いた鉄板での提供になるのです。皿のままいくか、鉄板にすべきか。これは大いに悩むところ。なぜならば鉄板は必ずしも皿のグレードアップ版というわけではなく、この両者は楽しみ方の全く違う、いわば別種の料理だからです。
卵とソースと麺が一体となった混沌としてパワフルな食べ応えを、最後まで熱々のまま無我夢中で頬張りたいなら鉄板。
一品料理としてのトッピングやソースの繊細な風味をじっくりと落ち着いて味わいたいなら皿。
私はどちらかというと皿派でしょうか。でもいつも周りで他のお客さんが鉄板を食べているとついついそれも羨ましくなってしまいます。皆さんもぜひ大いに悩んでください!
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著者プロフィール
鹿児島県出身。京都大学卒業後、食品メーカー勤務などを経て円相フードサービスを設立。多ジャンルの飲食店を経営する傍ら、食文化に関する著書も手がける。最新刊に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社刊)
Source: ぐるなび みんなのごはん
地元民も知らないあんかけスパの真実と、料理愛が強すぎる店主のひたすらマジメな美味しさ【スパゲッティハウス シェフ】