京都は古い喫茶店が残っている街。でもいつの間にか閉店する名店も多く、「誰か継いでくれないかなー」と無責任に願うこともしばしば。その“誰か”になってくれる人が現れました! それは「喫茶マドラグ」のオーナー山崎さん。なくなったお店の空間をそのまま残して受け継いだり、誰もが愛した名物メニューを復刻させる、いわば無き名店の救世主です。そしてなんと、あの巨大オムライスまで息を吹き返したんですよ!
「コロナ」の玉子サンド復刻で話題に
東京店も話題になったので知っている人も多いと思いますが、「喫茶マドラグ」の本店は京都・烏丸御池。このお店、もともとは「喫茶セブン」という純喫茶だった空間をそのまま生かしているんです。
オーナーの山崎三四郎裕崇さん(本名)はもともと京都で数店舗展開するカフェ「さらさ」で10年ほど働いており、古い喫茶店に並々ならぬ愛情を持っています。山崎さんも好きだった「喫茶セブン」が店主の他界により約半世紀の営業に幕を閉じ、それを惜しんだ山崎さんは店舗をそのまま生かして「喫茶マドラグ」として新たに息を吹き込みました。
復活させたのは空間だけではありません。2012年に閉店した京都木屋町の伝説の洋食店『コロナ」の玉子サンドも蘇らせ、マドラグで提供し始めたのです!
「玉子サンドがそんなスゲエの?」と思われるかもしれませんが、これは京都人にとっては大騒動。玉子サンドもすごいんですが、コロナという店そのもの、何よりも店主・原さんのキャラが強烈すぎたのです。
なんと閉店時は96歳。洋食店ですが誰もが玉子サンドばかり注文し、原さんは「また玉子サンドか!誰も彼も玉子サンドや」と悪態をつきながら緩慢な動作で卵4個をぐわっしゃぐわっしゃとボウルに割り入れ、目分量の塩、コショウ、何かの粉を適当に投入。オムレツを返す時だけは妙に素早く、その後パンに挟んでプルプル震える手で切り分ける。玉子まで大幅に切っちゃってるのも気にせず耳を落として完成。
出来上がった玉子サンドは、パンに挟まっているというよりオムレツにパンが張り付いているというシロモノ。自立などせず、皿にふにゃっと寝てました。
でもこれが旨かったんだよね~!
往時の話はこのブロガーさんのブログで紹介されています→ヒトミの温泉グルメブログ
そのコロナが2012年に閉店することとなり、コロナの常連客だった山崎さんが、原さんに直接教わって玉子サンドを継いだというわけです。詳しい話はまたあとで。
「グリルアローン」のオムライスも息を吹き返した
そして今回お伝えしたいのは、山崎さん、なんと「グリルアローン」のオムライスまで復活させてしまったんですよ!
「オムライス?またタマゴかよ!」とお思いかもしれませんが、これも伝説の名品でした。京都市役所の横にあった洋食店で2016年に惜しくも閉店したのですが、オムライス、とにかくデカかった。580円で洗面器ぐらいのサイズ、ライスの重量は600g。店主はコロナとは真逆でちゃんと真面目に作っていて、それゆえ「フライパン振りすぎてしょっちゅう疲労骨折してる」「腕にプロテクター、腰にコルセットがもはやユニフォーム」という逸話もあります。
こちらもオムライスマニア「きっしい」のホームページで紹介されています→きっしいのオムライス大好き!?
そしてついに首も痛めてしまい、閉店を決めたわけですが、それを惜しんだ山崎さんがまたもや復活させました。
「復刻メニュー」を売り物にした新しいビジネスかと思った
その巨大オムライスを出し始めたのはマドラグ本店ではありません。2020年4月、なんと京都・四条河原町の百貨店『藤井大丸』内に新店舗をオープンさせ、オムライスもメニューに登場。
それを聞いて実は私、マドラグって「閉店した店の名物を売り物にしてうまい商売やってるな~」とうがった見方をしていました…。しかし今回山崎さんにインタビューをして、全く失礼な誤解だったことが判明しました。あまりにも山崎さんの話が面白すぎたので会話形式にします。
山崎さんの世間のイメージとのギャップがスゴい
――しかし山崎さん、「三四郎裕崇」って立派な名前ですね。
もともと先祖が福井の廻船問屋で、僕13代目なんですよ。三四郎裕崇という名前を襲名したんです。
――えっ!もしやすごい金持ち!? (じゃあ喫茶店なんてやんなくて良いんじゃ…)
いえ今は全然。かつては三四郎兵衛商店という屋号でしたが。
――本題に入って、「さらさ」支配人を辞して「マドラグ」として独立したのも思い切りましたよね。やはり喫茶文化を自分の手で守ろうという使命感を持って。
いや、「さらさ」クビになったんですよ。年商3億円目指そうと思って無茶ばっかやって部下に厳しくしすぎて。辞めるとき「さらさ」のホームページに「鬼軍曹、さらさ去る」とか書かれてましたもん(笑)。もともとマドラグは僕の奥さんがやる予定やったんですけど、クビになった日、「僕もマドラグ入れて」って言ったら「え~…」て嫌な顔されましたね。
――初っ端から面白いなこの人…。で、コロナの玉子サンドは店主自ら「継いで欲しい」とお願いされたとうかがいました。それもすごいですね。あの頑固オヤジが。
僕、コロナの近所の「フランソア喫茶室」でバイトしてた時よく通っていて。原さんが辞める時、「喫茶セブン」の味を受け継いでいる僕に玉子サンドの味も継いでくれって頼んで来たんです。最初はコロナのバイトの女性もついて来たんですよね。
――ああ!マスターと唯一まともにコミュニケーション取れる女性いましたね!
その方、マスターを自在に操れるからああしてこうしてって指示できるんですけど、マスターのことも変に神格化してて笑えました。僕マスターぐだぐだなの知ってるのに。
――マスターぐだぐだに見えて本当はちゃんとした職人なんじゃないんですか。
いや本物のぐだぐだ。昔はちゃんとしてたと思うけど…。だから僕もサンドイッチ復活させる時に、マスターが僕ぐらいの歳の時はどんなことできてたのかなってイメージして作りましたね。
――でもコロナの玉子サンドはなぜかまた食べたくなる味でしたよね。味濃くて。
そうですね。コロナは卵に牛乳少し、塩コショウ、味の素しっかり入れてました。耳切る時に玉子も切るから1個分くらいはロスしてたでしょうね。あとほとんどオムレツに卵の殻が入っていました。
――そうだった!食べてるときガリっていうイメージが!あとソースはデミグラスで、からしがすっごい利いてた記憶がありますけど。
ソースは日によってめちゃくちゃでしたね。今日妙に甘いなと思ってマスターに何塗ってるの?って聞いたら「オイスターソース!」って。デミグラスがなかったんですね。3回に1回はハズレでした。
――聞けば聞くほど名店だなあコロナ…!
――マドラグで出し始めた時は、コロナみたいにぐっちゃぐちゃに作ってたんですか。
そうですね。でも改良して、味の素ではなく昆布だしで旨味を出すようにしました。牛乳も40%以上入れて加水率を上げてふわふわにして。ソースは片方にフレンチマスタードとマヨネーズ、もう片方にはデミグラスとウスターソースにケチャップを混ぜたものを塗ってます。
――お客さんの反応は?
「昔はもっと柔らかかった」「もっと汚かった」「もっときれいだった(←あり得ない)」などさまざまでしたね。人の記憶って自分好みに美化されるんです。1年くらいは改良を繰り返していたけど、これ以上進化させるのも違うなと思って、“安定して同じもの”を出すことにシフトを切り替えました。
――確かに安定大事!日によってめっちゃくちゃが許されたのコロナぐらいです。
文句言うのも野暮な店。ある意味いい時代のいいお店でしたよね。その存在自体が許されるみたいな。
「グリルアローン」のオムライスも復刻に至った理由
――「グリルアローン」のオムライスを復刻させたのはどんな経緯で?
僕アローンの真裏に住んでたんですよ。
――それだけの理由かい!
あ、詳しく話すと、阪急うめだ本店の『素晴らしき時代マーケット』っていう催事で頼まれたので作ったんです。マドラグ始めてから「なんか復刻させて!」てあちこちからオーダー来ること多いんですが、そう簡単にできない。でも、アローンさんならよく行ってたからいいっすよ!て。でも僕、Aランチ以外頼まなかった。オムライスはほとんど食べてません(笑)。
――それでよく継げましたねえ。どのくらいの期間アローンさんに教わったんですか。
2時間くらい。
――短かっ。
味もしっかり覚えてますし、お店の経緯も、マスターどんな人かも知ってたんで。卵の扱いも分かっているし。でもあのオムライスは、ソースが肝なんですよ。なのでソースの作り方を重点的に教えてもらいました。
――アローンのオムライスはオレンジ色だった気がします。
味もかなり甘めでしたね。何せリンゴジュースとトマトピューレがベースなんで。だから途中でウスターソースかけて甘みを緩和している人も多かったですね。あと福神漬が付いてて、その酸味でバランスを取ったり。
――確かにあの甘さが良かったとは言え、同じ味で食べ続けるのは厳しかったですね。
だからマドラグでは、甘さを抑えてうち流にアレンジした「アローン式オムライス」として出しています。ソースはリンゴのジュースでなく果肉をピューレにし、トマトピューレ、デミグラスソース、ウスターソース、ブイヨンで作ります。卵は玉子サンドと同じ卵液を使うので牛乳多め、ケチャップライスはアローンと同じく白ご飯を炒めてジャーに保温したものを使います。具は、アローンはハムでしたがうちはチキン。福神漬はマストで。
――オムライスも玉子サンド並みに人気なのでは?
いや、それが思ったほど出なくて。実はオムライスと同時に「お子様ランチ」も始めたんですけど、そっちが火吹いちゃって…。単にデパートの大食堂的に作ってみただけなんですが、多い月で1,500ぐらいオーダーがある。あとクリームソーダも異常な人気です。最近のマドラグは「お子様ランチとクリームソーダの店」みたいになってます。
「王将より高いか安いか」が基準
――すごい!お子様ランチはこれで1,200円ですか。リーズナブルですねえ。
いや、「餃子の王将」行ったらもっと安いですよ!僕基本的に考え方が王将基準なんですよ。百貨店に入っているとはいえ、家族4人でランチ来て8.000円とか嫌ですからね。あくまでも喫茶店なので価格は抑えたい。でも基本的に量は多いみたいですね。僕どうしても多く作りすぎちゃうんで。
――マドラグの新展開は考えているんですか?
実はマドラグは大丸神戸店の社員食堂も始めました。これも頼まれて。ってのも、催事で何度か大丸に行ってたんですけど、社食がめちゃめちゃまずくて。うどんなんて出汁が薄くてカルキの味しかしない(笑)。担当者にまずいまずいって言い続けてたんですけど、社食の小食堂を閉めることになったから、お前らやってくれって。散々文句言ってたんだからやってくれるよなって圧を受けて…。「まあ社員しか来へんやろ」とタカくくってたらすげえ忙しい。後悔しながら絶賛稼働中です。
――……。
あと大丸須磨店の図書館があるフロアにも2021年3月に店を出しました。これも頼まれて。百貨店の催事でタイミングよく大行列ができることがあったので、ほうぼうで「あいつら呼んだら金になるで」って噂されているのかもしれません。たまたまなんですが。
――山崎さん…。あなた雑誌やテレビではすごい真面目でストイックな人みたいに言われてますよ。ホームページの写真もシリアスだし、もっとこだわり強くて気難しい人かと思ってました。
よく言われるんですよね~。どのメディアでも「なくなったお店の意思や技術を継いで、十字架を担いで歩いてる人」みたいに紹介してくださるんですけど、本当はダラダラやってるだけなんですよ。だって僕、さっさと仕事終わらせてブックオフで立ち読みしてラーメン食って帰って寝たいって人なのに。仕事でも誰かに怒られないと改善しない。やいやい言われたししゃあないからやろ~とか。あ、でもある約束だけは守ろうと決めていました。
――お、どんなですか?
飄々とした人物像の裏に切ないエピソードが…
僕の奥さん、2016年に急に亡くなっちゃったんですよ。その奥さんと、マドラグがうまくいったら東京と神戸に店出したいね、文化的な施設の中にも出したいねって話していたんです。だから僕、のうのうと仕事してきたけど、これで死んだ奧さんに土産話を持っていけるので大丈夫かなって思ってるんです。
――いきなり泣けるエピソード出てきた…!
あと僕、喫茶店に関しては情熱はありますね。京都喫茶文化遺産ってプロジェクトを立ち上げて、どんどんなくなっちゃう喫茶店を僕らの世代で継いで行こうって活動もしています。
――なんだ意外とちゃんとやってるじゃないですか!
それで最近、なぜか京都府喫茶飲食組合の理事に抜擢されてしまったんですよ。前田珈琲、六曜社など錚々たるメンバーの中に肩を並べて。ほんと僕の人生、巻き込まれ型が多い。巻き込まれて雪だるま式に仕事が増えていくんですよね。でも理事になれたことで、京都喫茶文化遺産の活動にも信憑性がつくし、もっと組織的にこのプロジェクトを進めていけるかなって。よかったと思います。
取材の最後に「文章はお任せします。ライターさんの感じたことをそのまま書いてもらって大丈夫です。想像以上にいいかげんな人でした、非常にアホみたいな人でしたとか」と言っていた山崎さん。しかしこういう人に限って根っこはちゃんとしているんですよね。確かに「マドラグ」のお店も素晴らしいですが、猫田は山崎さん自身にものすごく人間的な魅力を感じました。「さらさ」の元部下も、今では山崎さんを慕ってお店を支えてくれているそうです。
ちなみに喫茶文化遺産プロジェクトで蘇ったお店は、京都の四条大宮付近にあった「珈琲陣」という喫茶店で、「りんごチーズトースト」など斬新なモーニングメニューが豊富だったお店。新生のお店は、色々な自家製ハムを使ったハムサンドがウリの喫茶店になるそうです。6月末オープンとのこと、また記事で紹介したいですねえ。
紹介したお店
喫茶マドラグ藤井大丸店
京都府京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町605 藤井大丸 5F
075-744-6624
10:30~20:00(フードLO19:15、ドリンクLO19:30)
定休日は施設休館日に準ずる
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください
著者プロフィール
デカ盛りと食べ放題を求めて津々浦々。おいしいものもおいしくないものも大好きです。
Source: ぐるなび みんなのごはん
あのアローンの巨大オムライスに会える!「喫茶マドラグ」は京都喫茶店文化の救世主だ