外食としての和食を味わいたい
これまで冠婚葬祭の場くらいでしか〈外食としての和食〉を食べてこなかったのだが、家庭の味でも、居酒屋の味でも、寿司屋の味でもない、シャキンと背筋が伸びそうな和食にこっそりと憧れている。特に試してみたいのが〈割烹〉の料理屋だ。
そもそも割烹ってなんだろう。〈ちょっと高級な日本料理のお店〉くらいのぼんやりとしたイメージはあるものの、その実態がわからない。やっぱり割烹着を着ているのだろうか。
そんな話を料理全般に詳しい友人のBさんにしたところ、新橋にある「割烹 山路」(以下山路)という店を勧められた。すごく魅力的な店みたいですが、1人で入る勇気はないので、ご一緒させてもらっていいですか。
※こちらの記事の内容は、2020年11月に取材したものになります。
新橋駅烏森口から徒歩5分、烏森神社の並びにあるビルの2階。うっかり通り過ぎてしまって、ニュー新橋ビル側を向いて撮った写真をどうぞ。山路の看板があるのがわかるかな。
階段を上がったところに暖簾が出ていた。Bさんの紹介がなければ知ることはなかっただろう。
店内はカウンターにテーブルが2つ。完全予約制で、料理は11,000円(税込、ドリンク/サービス料別)のコースのみ。
この日の予約は我々だけだったので、カウンターに横並びで並ばせてもらった。Bさんによると、「山路の本領はカウンターに座ってこそ」らしいのだ。
隅々まで手入れの行き届いた清潔な店内。
店主の名前は山路さんではなく畠山義春さん、通称ハルさんだ。
料理の準備をする畠山さん(通称を書いたけどハルさんと呼ぶ勇気はまだない)から、ご自身の経歴やこれから出てくる料理の考え方などをうかがった。
グラスの薄さにドキドキしながら注いだビール。
畠山さん 「山路という名前は、もともと僕の父親が盛岡で36年間商売している寿司屋の屋号。六本木にあった山路という店で働いていて、そこの暖簾分けです。口が達者だった兄は寿司向き、コツコツやるタイプの私は和食向きだと父親が勝手に決めていて、2人ともその通りの道に進みました。
高校時代にラーメン屋でバイトをしていたので、ラーメン屋になりたかったんですけど、和食をやればラーメンもできるようになるから、まずは和食だって説得されて。どうしても和食推し。
東京のホテルで7年間働いて、ホテルだとどうしてもできないことを学ぶために個人店の割烹料理屋で1年ずつ何店か働き、2016年にこの店を持ちました」
カウンターに座ると、香りや音が届いてくる距離で料理の仕上げを見届けられる。
まずはこの時期限定(取材日は11月下旬)の味覚である甲箱蟹(ズワイガニのメス)。もちろん畠山さんが丁寧に殻から外して甲羅に詰めたものだ。甘みのある身、ねっとりした内子、プチプチの外子が一度に味わえる。
食べ比べた結果の北海道産だそうで、サイズがかなり大きく身の繊維がしっかりしている。この蟹酢がまろやかでうまく、つい飲み干してしまった。
――割烹と名のつく店は、新小岩で〈立ち飲み割烹〉っていうところに入ったくらいしか経験がないのですが、そもそも割烹ってなんですか? 辞書だと「食材を割 (さ) いて烹 (に) る」、要するに調理というふんわりした意味でしたけど。
畠山さん 「諸説あるみたいですが、昔はこういったカウンター席で、今日はこの魚がありますが、焼きましょうか、煮ましょうか、刺身にしましょうかと、会話をしながらお客さんに合わせて提供するのが割烹の走りだったと聞きます。ただ今はいろんなスタイルがあり、カウンターで和食を出す店は割烹という感じになっています」
手を伸ばせば届く、このカウンターならではの距離感が割烹の第一条件らしい。もちろんテーブル席に座っても出来立ては出てくるのだが。
里芋の芽である根芋は、全国でもほぼ千葉県柏市でしか生産されていない珍しい野菜。そのままだとアクが強烈なので、まず酢につけて、大根おろしで煮て、さらに水で晒してから、生姜の効いたスープで煮ているそうだ。根元の部分はトロっとして芋感があり、穂先はシャキシャキでウドのよう。この他にはない食感のために手間暇をかけている。一見地味だが自分では絶対に作らない料理がとても嬉しい。
お任せで広島の誠鏡(せいきょう)という超辛口純米酒をいただいた。うまい。
畠山さん 「割烹といいつつ料理はコースのみにさせてもらっています。基本は月替わりですが、仕入れによって内容は変わってきます。なるべく毎日仕入れに行って、自分の目で見て買っている。例えばお魚は自然のものなので、同じものを出そうとすると、値段が上がったり質が悪かったりする日もある。だからあえてメニューを用意せず、その日のベストのものを献立に入れています。
前菜、お椀、お造り、焼き物、煮物、揚げ物など8~9品で、季節によって出す順番も変えます。今みたいな寒い時期なら、まずは温かいものを出してからお刺身を食べてもらったり。でも基本的には僕が食べたいものを出していますね」
メニューを完全おまかせコースのみにすることで、お店側はこれが一番おいしいぞ!と組み立てた料理を全力で出すことができ、お客側はその味を楽しむことだけに集中できる。
もちろん店と客の信頼関係とか相性の良さがあってこそのおまかせだが、これこそがお互いにとって一番幸福な関係に思える。好き嫌いやアレルギーがあれば、予約時に伝えることで対応してくれるはず。
ちなみにこの店を教えてくれたBさんは、内容を事前に一切アナウンスしないコースしかない店が大好きだそうで、まさに山路はそのスタイルだ。実際にこうして体験してみると、これから何が出てくるかわからない期待感、そして目の前で自分のために仕上げられていく幸福感が堪らない。
シュリシュリという音が聞こえてくるなと思ったら山葵をすりおろす音だった。私のために丁寧に料理が造り上げられていく喜びに震えながら見守る。
青森県大間のホンマグロ、無添加のウニ、京都のカワハギは肝と湯引きした薄皮付きを添えて。醤油、炒り酒、塩でいただく。
写真を見ればわかると思うが、この刺身もすごくうまかった。語彙が乏しくて申し訳ないが、すごく、そりゃもううまいのだ。
外食に飢えていた同行のAさんが「今年はもうマグロを食べなくてもいい」と感動するほど一切れに満足感が詰まっているマグロは、一生食べる機会はないだろうと思っていた憧れの大間産。
甘くとろける粒の立ったウニは、嫌いになる要素が一切ない。これが本来のウニの味なのだろう。
そしてよくぞこの肝を持って生まれてきてくれたと称えたくなるカワハギがまた見事。私も自分で釣ったカワハギを調理することはあるけれど、このネットリ具合と臭みの無さはただ事ではない。
畠山さん 「カワハギは肝重視で養殖されたものも多いですが、やはり脂が強すぎるので天然物を使っています。死んだものだと肝に内臓の臭みが移っている場合がどうしてもあるので、必ず活けのものを買って締めてもらい、水分を少し抜いてちょうど良い状態にしてから出しています」
まず質の良い食材を仕入れて、その上で持ち味を最大限に生かすために必要な手順を踏み、シンプルな料理に仕上げて出す。甲箱蟹や根芋はもちろんだが、刺身や薬味にも手間が掛かっているのだ。
畠山さんが考える〈割烹〉のイメージが、私の中で一皿ごとに積み上げられて立体化していく。
あえて定番を外して楽しむ季節の味
やっぱり和食ってすごいぞとカウンターの下で小さくガッツポーズをしたところで、次の料理で使う小皿が出てきた。なにやらスパイシーな香りがする。あれ?
一気に店内の雰囲気が変わる香りがしてきた。
――これは……いやでもまさか。これって……なんですか?
畠山さん 「ウスターソースです」
――割烹でウスターソース!略してカッポウスター!
略さなくてもいいですね。意外過ぎる展開にざわざわする我々の前で、畠山さんは悠然と揚げ物を作り、熱々の一皿を出してくれた。
畠山さん 「カキフライです」
――やったー!
割烹なのに天婦羅ではなくカキフライが出てきたぞ。横の緑は万願寺唐辛子。
この季節にウスターソースで食べる揚げ物といえば、やっぱりカキフライが嬉しいけれど、割烹のコースにカキフライって。それも超特大サイズがドーンである。
宮城県の気仙沼で水揚げされた〈寄りぬきサイズ〉から、さらに寄りぬかれた特大の牡蠣は、加熱してもこの大きさだ。口に入れると見た目以上に肉厚で、身がしっかりしていて味が濃い。
海のエキスがギュッと詰まった上にこのボリューム。もちろん大きければいいというものではないけれど、大きいからこそ楽しめる味の世界もあるのだと教えられた。
牡蠣には様々な料理法がある中で、あえてフライで出した理由は、畠山さんが「カキフライが好きだから」というシンプルなものだった。美味しいよね、カキフライ。
以下、怒涛の後半戦を一気にどうぞ。
高い位置から塩をパラパラと振っている。こういう所作がみられるのもカウンター席の魅力。
関東より東だとあまり食べる機会がない高級魚、マナガツオの塩焼き。脂がしっかりあるけれどしつこさがなく、魚の味が驚くほど濃い。イボダイが好きなら大喜びする味。前から憧れていた魚を最高の状態で食べられる幸せ。おろしたてのザクザクした大根がまたうまいんだ。
お椀の蓋を開ける喜びはプレゼントにも似ている。
香ばしく焼いたタラの白子、下仁田葱、下ろした聖護院かぶのみぞれ椀。和食の椀は具と汁を別々に調理して最後に合わせることが多いけれど、これは鍋をイメージして同じ出汁で煮たそうで、雪景色が似合う温かみを感じる。
漬け物かと思ったら、ボラの卵を塩漬けにした畠山さんの手作り生カラスミ。卵が成熟する前だからこそのネットリした口当たりが素晴らしい。
「ちょっと具が多すぎたかも」と、なにやら嬉しそうに締めのご飯を出してくれた。
鳥取産松葉蟹(ズワイガニのオス)の身と味噌をたっぷりと混ぜた蟹ご飯。米よりも蟹が過半数を占めていて、もはやご飯入りの蟹だ。
「もう少し食べられますか」と聞かれて茶碗を出すと、今度は鮮やかな黄身と一緒に盛られてきた。「蟹玉です」とのこと。たしかに。
富士酒造の栄光冨士 ZEBRA 純米大吟醸無濾過生原酒をいただいた。香りが強い微発砲タイプ。
普通の店であればここで料理はストップとなるだろうけれど、山路ではここからさらにもう一押し、締めの締めが待っている。
畠山さんが自分で打った和風ラーメン……ではなく、手打ちそばだ。
「普段ならもう食べられないっていうくらいお腹は満足なのに、ここの蕎麦は絶対に食べます!食べないと後で後悔するんです」と小さな声で魂の叫びを振り絞るBさん。そして畠山さんは、そんなお客さんの食べ具合を見ながらご飯の量を調節するなど、コースを最後まで楽しめるように気を配っているのだ。
地元である岩手の蕎麦粉を使った手打ち蕎麦。
シャッキリという言葉が似合う細めの蕎麦。
温かい蕎麦湯がまた嬉しい。
そろそろ名残の時期となる岡山のシャインマスカットと、青森のこみつという蜜がすごい林檎。これを食べ終えると今日の会が終わってしまうのか。
こうして食べ終えた初めての割烹コース、おいしかったのはもちろんだが、これまで未経験の食材だったり、食べたことがある中でも抜群の品質だったり、知らない調理方法だったり、すべてが驚きと感動の連続だった。それを熱いまま、冷たいまま、まさに出来立てで食べられる興奮は、どこか目の前でマジックを見せられているようなときめきがあった。
記事を書く上でメニュー振り返ってようやく理解したのだが、味や歯ごたえの濃淡だったり、料理の温度による緩急だったり、すべてをお任せするコースだからこそ享受できる、流れが生み出す満足感がすごいのだ。
次に伺うときは、思い切って「ハルさん」と呼んでみようと思う。そしていつかハルさんの和風ラーメンを食べてみたいかな。
紹介したお店
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※お酒の提供については、現在、国や自治体の要請に準じています
著者プロフィール
Source: ぐるなび みんなのごはん
今さらだけど和食ってすごい。新橋の「割烹 山路」で、お任せコースだからこその季節料理を味わう