ある日、浅草を歩いていたらこんな看板を見つけた。
「本当のほやを喰ったことがあるか」。……実に挑戦的な看板だ。
おれは本当のほやを喰ったことがあるのだろうか? ほや自体、数回しか食べたことはないが、なんとなく苦手に感じた。「本当のほや」であれば、そんなことはないのだろうか。
ならば食べてみよう。さっそく入店してみた。
本当のほやはフルーツのように甘い
――さっそくですが看板に書いてある「本当のほや」ってどんなほやですか?
高橋さん 単刀直入にいうと、本当のほやは甘みが強く感じられます。
――え、甘いんですか?
高橋さん はい。さらに言えば、ほやは人間の持つ5つの味覚「甘み・塩味・酸味・苦味・旨味」を兼ね備えた珍しい食材です。「海のパイナップル」とも呼ばれていますが、本当のほやはフルーツのように甘く、ジューシーな味わいなんです。
――知らなかった……。なんとなく「苦い」「臭い」イメージでした。
高橋さん ほやは鮮度がとても重要で、水揚げした瞬間から劣化が始まる食材です。そのため24時間も経つと体内の糞の臭いが身に移り、それが「苦み」や「臭み」の原因になってしまうんです。
――鮮度が良ければ、苦みや臭みがないと?
高橋さん はい。私の地元、宮城県はほやの名産地であり、美味しいほやが食べられます。もちろん、私も大好物です。なので、みなさんの苦手な理由がよくわからなかったんですよ。でも、昨今の緊急事態宣言中、某スーパーでほやを買ってみたんです。そしたら、苦いし、臭いし、まずいしで……(笑)。
――なるほど、僕が以前に食べたのも時間が経ってしまったほやだったのかもしれません。
高橋さん 本当に鮮度が落ちやすいので、魚屋さんでも取り扱わないくらいですから。おそらく、宮城県や北海道などの産地以外で流通しているほやの多くは「苦い」「臭い」と感じると思いますよ。
――見た目で鮮度は判断できないんですか?
高橋さん 素人にはまず難しいでしょうね。スーパーで購入したほやも見た目は張りがあり、一見すると美味しそうでしたから。
――でも、ここでは本当のほやが食べられると?
高橋さん はい。うちは24時間以内に獲れたほやを宮城県から直送しているため、鮮度抜群のほやを堪能いただけます!
――これは貴重ですね。……すみません、ここまで聞いておいて申し訳ないのですが、ほやってそもそもなんですか? 貝?
高橋さん 貝ではありません。脊索動物門のなかの尾索動物亜門に属する、ホヤ綱に分類されます。ちなみに人間も脊椎動物門に分類されるため、軟体動物門に分類される貝よりは、人間に近い存在なんですよ。
――親近感がわいてきました。種類も多いんですか?
高橋さん 同じほやでも数百種類あり、食用として食べられているのは「まぼや」「あかほや」「えぼや」「白ほや」「カラスほや」などが主流です。また、日本以外でも韓国、フランス、チリ、イタリア、ギリシャなどでも食べられています。
ちなみに栄養価も高く、タウリン、DHA、カリウム、鉄分、亜鉛、ビタミンB12、EPA、グリコーゲンなどを多く含んでいて、産地では元気が出る食べ物として有名です。また、カロリーやコレステロールも低く、アルツハイマー対策として注目の成分「プラズマローゲン」も多く含まれていますよ。
――ほや、すごいな。では、さっそく食べさせてください。
「冬のほや」はクリーミーで甘い
――うまっ!! 甘くて、苦味も臭みも以前食べたものとは違います! 見た目はべちゃっとしているのに歯ごたえがあって不思議な食感ですね! この「へそほや」とは?
高橋さん ほやの根元部分になります。根元なので、内臓や糞が付いていないため臭みが少なく、味が凝縮しています。うちでは1つのほやに1つしか取れない「へそほや」をスライスして出しています。
――希少部位なんですね。たしかに「活ほや刺身」よりも臭みが少なく、より弾力があります。旨味も濃い!
高橋さん ちなみに、ほやは季節によって味が異なります。5月~8月はバランスのとれたほやが楽しめ、先ほどお話しした「5つの味覚」を存分に味わえます。9月は身が厚く、ぶりっぶりのほやが楽しめます。10月~12月は産卵準備に入るため身が薄くなりますが、卵のクリーミーでねっとりとした味わいが楽しめるのはこの時期だけです。
ほやで宮城の日本酒を
高橋さん 小野さん、お酒は飲まれますか? 日本酒とのペアリングを楽しむお客様も多いですよ。
――いいですね。どのお酒がオススメですか?
高橋さん 宮城県の銘酒「日高見」の呑み比べセットなどはいかがでしょうか。他にも、宮城県でいえば「伯楽星」や「浦霞」も美味しいです。あとは、岩手県「南部美人」、青森県「陸奥八仙」、佐賀「鍋島」もオススメですね。また、うちは幻の日本酒「十四代」も切らさずに置いておくようにしています。
高橋さん 「ほやほやほや卵」は、ほやの産地でもある宮城県女川町の郷土料理で、第44回宮城県水産加工品評会で宮城県知事賞を受賞しています。ほやの身を取り除き、そのなかに卵を入れて煮込みました。
――ほや、たまご、ラー油の味のバランスが最高ですね。ほやに熱が入ると食感が変わって面白いですね!!
高橋さん 先ほどの「宮城ほやラー油」に山椒、花椒をくわえたのが「しび辛ほやラー油」です。胡瓜はもちろん、ごはんや料理のちょい足しに最適ですよ。
――痺れる辛さがクセになります! 細かく刻まれたほやもしっかりと存在感がありますね。
――串カツも美味しいですね。また風味が変わって、磯の香りと甘みが増しました。
高橋さん 串カツにはほやを1個半使っていて、食べ応えは十分だと思います。ウスターソースをたっぷりつけて食べてください。
――ほやすごい。ここまで変幻自在とは。
高橋さん ほやは一般的には刺身、ほや酢、塩辛などで食べられますが、他店では天ぷら、ビスク、ラーメンの出汁などにも使用しています。なにかの代用品ではなく、メイン食材となるポテンシャルを秘めていると思いますよ。
ただ、味が強いので、別の食材とマッチングさせたときにちょうどいいバランスを探すのが難しいんです。
シェアNo1奪回を目指し、宮城のほやを広め続ける
――いやあ堪能しました。ちなみに、なぜほやのお店をやろうと思ったんですか?
高橋さん 東日本大震災で養殖のほやが全て流されてしまったことがきっかけでした。ほやは出荷までに3~4年を費やすため、当時、ほやの生産者さんは大きな打撃を受けたんですよ。さらに2013年には原発事故の影響により、海外への輸出もできなくもなりました。行き場を失ったほやは廃棄、焼却処分されていたんです。
――そうだったんですね。
高橋さん そこで、どうにかして生産者さんとほやを助けたいと思ったんです。ちなみに、うちにほやを直送してくれている生産者さんは、私のおじさんでもあります。そこで、震災復興企業として弊社では、2017年に仙台駅前にほや料理専門店を設立したり、2018年にほやの加工場をつくったりと、ほやの需要を拡大させてきたんです。
高橋さん 禁輸前は宮城県がほやの全国シェア73.4%でトップでしたが、現在は北海道に1位の座を明け渡しています。生産数日本一を取り戻すためにも、宮城のほやをオススメしていきたいと思っています。
――東京に進出したのも、そんな思いからだったんですね。
高橋さん はい。ただ、2021年2月にオープンしたのですが、やはりコロナウイルスの影響でまともな営業がなかなかできていません。フルで営業できたのは、緊急事態宣言が明けた10月からなので、気持ち的にはオープンしたばかり。まだ出来立てホヤホヤですよ。……ほやだけに。
――出た、ほやジョーク!
紹介したお店
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください
著者プロフィール
小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。
http://yajirobe.me/
Twitter:@onoberkon
Source: ぐるなび みんなのごはん
「本当のほやを喰ったことがあるか?」強気な看板のお店で宮城直送の極上ほやを堪能してみた