インド料理に欠かせない野菜「メティ」が江戸川区で作られている

インド料理などに使う「メティ」が出回るようになってきた

エスニック料理好き界隈で最近ちょっと話題になっているのが、インドやネパールなどの料理に欠かせない野菜「メティ(リーフ)」の存在である。なんと近年、東京都江戸川区などで栽培されているらしいのだ。

f:id:tamaokiyutaka:20220117195033j:plainインド食材店で売られていたメティ。

メティはヒンディ語で、英語だとフェヌグリーク。地中海地方を原産地とするマメ科の植物で、日本ではなじみのない野菜だが、ヨーロッパ、アフリカ、中近東、そしてインド周辺諸国などで広く栽培されている。

野菜としては知らなくても、メティシードやフェヌグリークシードと呼ばれる種子、カスリメティとして売られている乾燥した葉、および葉の粉末は、本格的なカレーのレシピによく登場するので、その名前をご存じの方も多いだろう。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010807j:plainメティの種はスパイスとしてお馴染みの存在。

他のスパイスや豆類と同様、乾物であれば日本でも入手できるが、生鮮食品としてのメティは数年前まで国内に流通していなかった。

そんな幻の食材が出回るようになった立役者、「えどがわメティ普及会」にその経緯を伺ってきた。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010537j:plain左から小林洋さん、会長の竹原京美さん、熊倉一郎さん。現在6名のメンバーで活動中。

メティが江戸川区で作られている理由

――えどがわメティ普及会とは、いったいどんな会なのでしょうか。

竹原 「江戸川総合人生大学という、社会貢献を目指す人々を応援する学びの場(※学校教育法等で定める正規の大学ではない)の卒業生によって結成された会です。

江戸川区は新宿区に次いで在日外国人の多い区で、中でもインド人は中国人の次に多く、コロナ前は約5,000人が住んでいました。大学の国際コミュニティ学科でもインド人講師が教えています」

――特に西葛西駅周辺は多いらしいですね。つい先日、インド料理を食べにいきました。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010946j:plain西葛西はフランス料理店の居ぬき店舗でインドスウィーツが売られていたりする。

竹原 「私たちもインドの方とは日本語ボランティアなどのつながりがあり、一緒に食事をしているときに、『メティという野菜が大好きだけど、日本では手に入らない。江戸川区はビニールハウスがたくさんあるから、そこでちょっと作ってくれる農家さんはいないですかねぇ』という話を伺いました。

私も海外で暮らした経験があるので、食べなれた野菜が手に入らない悲しみはわかります。それでインドの方に『江戸川区って住みやすいね』と、より思ってもらえたらいいな~くらいの気持ちで、メティを育ててくれる農家探しを始めたんです」

――会のメンバーがメティを食べたいからではなく、江戸川区に住むインド人の要望を聞く形でスタートした活動なんですね。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010605j:plainスパイスとして売られているメティシードを植えれば発芽するので、懐かしの味を家で育てているインド人も多いらしい。私も興味本位で育てたことがあるけど、なかなか難しかった。

――江戸川区といえば都心ですが、農家はまだ残っているんですか?

竹原 「江戸川区には現在170軒くらいの農家があり、主にコマツナやシクラメンなどの花卉を育てています。コマツナは江戸川区小松川で誕生したとされ、徳川吉宗も気に入ったと伝えられている、ちょっとしたブランド品なんです。

何人かで手分けをして農家を当たったのですが、最初はけんもほろろに断られました。メインの作物であるコマツナに悪い影響があったら困るから、そんな得体の知れない野菜は育てられないと」

――確かにまったく知らない野菜のメティから、病気や害虫が広まったら困るという不安はわかります。

竹原 「それでも諦めきれず、江戸川区の農政課やJAに相談をして、乗り気になってくれる新しいもの好きの農家さんをようやく見つけました。

江戸川区はコマツナが有名だけど、茨城や千葉でも大規模に作られるようになってきたので、次世代の特産品となる野菜を探さなければという考えもあったようです」

――栽培がうまくいけば、消費するインド人だけでなく、生産する農家にもメリットがあると。

竹原 「2018年3月に種を撒いてもらい、4月後半に収穫をして、江戸川インド人会の会長であるチャンドラニさんの店『スパイスマジックカルカッタ』で試食会を開いたところ、インドの方がすごく喜んでくれて」

――故郷の味である野菜が日本で食べられるのは、うれしいでしょうね。

竹原 「メティは苦みの強い野菜なのですが、土壌や気候の違いなのか、江戸川育ちのメティは苦みが穏やかになります。その苦みを好む人には物足りないようですが、こっちの方がマイルドでおいしいといってくれる人もいました。

試食会に参加した日本人の方にもすごく評判がいい。パクチーみたいな癖のある野菜や、スパイスを使った料理に慣れてきたこともあるんでしょうね。売っていたら買いますよという意見を多数いただいて、じゃあインド人だけじゃなく、日本人もターゲットにして活動しようと、えどがわメティ普及会を発足させました」

――パクチーやルッコラもスーパーで普通に売られている時代となり、メティが受け入れられる準備ができているし、そもそも山菜や抹茶のように、苦みを好む日本人は多いですよね。

竹原 「メティはインドだと冬野菜で、この辺りでは春と秋が育てやすい季節で、最短20日で出荷できます。暑さに弱いので7~8月は生産していません。

現在はJAを通じて3軒の農家さんと契約していて、最盛期で月に600束(60kg)の収穫があり、会で全量を買い取ってインド食材店や料理店に卸しています。売り先を開拓しながら、ちょっとずつ生産量を増やしてもらっている感じですね」

――保存がきかない生鮮野菜だから、常に売り先を確保しておかないといけない。安ければ売れるという野菜でもないので大変だ。

竹原 「メティはアーユルヴェーダ(伝統医療)にも使われる野菜で、薬効が高いといわれています。最近はヴェジタリアンやヴィーガン向けの店でも扱われるようになりました。使用する種もスパイスとして売られているものから、インドで有機栽培された栽培用の種に切り替え、品質をより向上させる予定です」

こうしてメティを生産する農家が少しずつ増え、現在はえどがわメティ普及会以外からも、そして江戸川区以外からも、出荷されるようになってきたという段階にある。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010637j:plainメティを育てている大貫さんの畑を見学させていただいた。ハウスに入った途端にメティ独特のスパイシーな香りがむわっとした。大貫さんは一度も食べたことがなかったが、育てたことのない野菜を作るのはとてもおもしろいと、メティの栽培を前向きに楽しんでいる。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010650j:plain栽培方法が確立されていないので使える農薬が限られているため、アブラムシやアザミウマといった害虫がつくこともあるが、メティの売り上げは徐々に増えているそうだ。心配されたコマツナに対する悪い影響はまったく確認されていない。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010706j:plainこのメティは種を植えてから40日経っているが、冬は成長が遅いため収穫までもう少し時間が掛かる。見た目は同じマメ科のクローバー(シロツメグサ)に似ている。洗って生で食べてみたところ、好ましい苦みの奥からエンドウマメのような甘さが感じられた。インドでは生で食べないが、サラダのアクセントにもよさそうだ。

f:id:tamaokiyutaka:20220117194350j:plain出荷時のメティ。写真提供:えどがわメティ普及会

メティをネパール料理でいただいた

江戸川区産のメティの味を知るために、小岩にある「サンサール」というインド・ネパール料理の老舗へ連れてきていただいた。ネパールもメティをよく食べる国の一つだ。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010710j:plain憧れのサンサール!

店主のウルミラさんによると、メティはちょっと苦みがあるし、現地でも高級野菜なので、インドでもネパールでも単体で料理することはあまりないそうだ。メティを少し入れるだけで料理の仕上がりがまったく違うため、フレッシュのメティが手に入るようになってとてもうれしいのだと話してくれた。

ジャガイモと一緒に炒めたり、ホウレンソウなどの青菜に混ぜたり、鶏や水牛などのアクセントにするのが一般的な調理法。コマツナや豆苗などとはちょっと違い、ハーブや香辛料寄りの食材ということだ。

まだ入荷が不定期のメティを安定して店で出せるように、メティ用に冷凍設備を整えている最中だとか。それだけウルミラさんにとって大切な野菜なのである。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010720j:plainメティの入荷を喜ぶウルミラさん。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010742j:plainメティシード、唐辛子、ジャガイモを多めの油で炒め、ターメリックパウダー、クミンパウダー、コリアンダーパウダー、塩で味をつけ、メティを加えたネパールの家庭料理「アルメティ」を作っていただいた。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010754j:plainシンプルな料理だがびっくりするくらいうまい。フレッシュなメティが手に入るからこその味。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010757j:plainコマツナとメティという江戸川野菜コンビの炒め物も作っていただいた。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010803j:plainメティが加わることでコマツナだけでは味わえない深みが加わる。組み合わせを考えるのが楽しい食材のようだ。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010819j:plainメティシードと豆の炒め物を加えたメティ定食。写真だと全然伝わらないと思うけど抜群なんですよ。メティが店にあれば作れるそうなので、食べてみたい方はウルミラさんに相談してください。日本語はペラペラです。

会としての今後の課題は、まだ食べたことのない日本人の方にどう普及させていくか。そこで江戸川区西小岩にある愛国学園短期大学の学生に、日本人向けのレシピ開発を依頼したり(詳しくはこちら)、コマツナとメティを使ったスムージーの試食会を開いたりといった普及活動もしている。

見た目のイメージと実際の味がちょっと違う食材なので、その魅力を正しく理解した上で食べてもらわないと、「なんだこの苦い野菜は……」という不幸な出会いで終わってしまう可能性もある。私も前に自分で適当に料理したときは苦みの強い豆苗くらいの印象で、正直ピンと来ていなかったのだが、サンサールでウルミラさんが作った料理を食べたことで、メティの魅力に開眼した。

竹原 「メティを通じて、これまでまったく関係性がなかった江戸川区の外国人、農家、学生がつながりました。農家の方はインド人が多いということは知っていても、どんな野菜を欲しがっているかはわかりません。学生にとってもインドの食文化や食材に触れる機会となったと思います。

生産量も知名度もまだまだですが、会のホームページを見てくれた方からの問い合わせも増えています。現在の価格は時期にもよりますが、小売店で一束100gが300円前後。

今後、さらに普及が進めば江戸川区以外でも生産が広がって、消費者の手に届きやすくなり、価格も落ち着いてきます。そこまでが我々普及会の役割かなと考えています」

f:id:tamaokiyutaka:20220112010828j:plain取材の帰り、蔵前にあるインド食材店「アンビカショップ」で購入してメティ料理を作ってみた。アンビカでは人気商品であるメティを安定入荷するため、えどがわメティ普及会以外からも仕入れている。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010840j:plainよく洗って根を落とし、クミン、メティシードを利かせてラムと炒めてみた。クセのある食材と合わせると生きるようだ。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010848j:plainもつ煮の薬味に生のメティ。さっぱりとしていい。

f:id:tamaokiyutaka:20220115161303j:plain会長の竹原さんがオススメしてくれた、ボイルホタテとのかき揚げ。揚げることで程よく苦みが抜けて、香りと甘味が立ってくれる。

f:id:tamaokiyutaka:20220112010901j:plainかき揚げを蕎麦にトッピング。三つ葉よりも存在感があって蕎麦に合う。

f:id:tamaokiyutaka:20220115153829j:plainウルミラさんに習ったアルメティを再現。あの味には遠く及ばないけれど、なかなかおいしくできました。

私が思うメティの魅力は力強さだ。同じマメ科である豆苗にちょっと近いけど、水耕栽培ではなく大地に根を張って育つだけあって、苦みを含んだ強い生命力が感じられる。そして苦みの奥にある甘さが愛おしい。

三つ葉、春菊、タラの芽、ニガウリ、クレソン、ピーマン、昔の味がするニンジンなどに惹かれる人は、一度試してみるといいと思う。好みが分かれる味かもしれないが、私はメティの魅力を知ったことで、好きな野菜がまた一つ増えた。

 

紹介したお店

SANSAR 小岩店
〒133-0056 東京都江戸川区南小岩5-18-16 ニューシャトレ103
2,000円(平均)

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください

 

著者プロフィール

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玉置標本
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺作りが趣味。

ツイッター:@hyouhon
ホームページ:私的標本
製麺活動:趣味の製麺

玉置標本「みんなのごはん」過去記事一覧

Source: ぐるなび みんなのごはん
インド料理に欠かせない野菜「メティ」が江戸川区で作られている

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