大手町に謎の新店がオープンしたらしい
最近、インド周辺諸国好き・東南アジア好き界隈の友人たちがこぞって詣でている新店が大手町にできました。その店の名は「ゼロツーナシカンダールトーキョー」。料理の内容も、単語の区切り方もわからない店名ですが、ただごとではないっぽい雰囲気だけは伝わってきます。
これは早速食べてみなくてはと店の最寄りである大手町駅を降りると、さすがは日本経済の中心地だけあって立派なビルが立ち並ぶエリア。こんなところにどんな店ができたんだろうと住所の場所へと近づくと、なにやら緑に赤に黄色という季節外れのクリスマスセールかと見間違うド派手なカラーリングの一角がありました。
商業ビルの一角が怪しく輝いています。
ここは本当に大手町なのでしょうか。
間違いなく「ゼロツーナシカンダールトーキョー」のようです。
なかなか入る勇気がでなくて外から様子をうかがっています。ネオン管がかっこいい。
とりあえずメニューを確認。これは1人前の写真なのでしょうか。
メニューの写真を拝見すると、ライスの上にカレーや揚げ物など茶色いおかずがどっさり。個々の料理に見覚えはあっても、この自由な組み合わせと一皿に盛られたボリューム感は明らかに初体験です。
これはただ食べるだけでは料理の本質が理解できないタイプの店のようなので、オーナーである立田侑志さんに話を詳しくうかがってから注文してみましょう。
オーナーの立田侑志さん。通称まるちゃん。
インドからの移民が作ったマレーシア料理「ナシカンダール」
――ここって何料理の店ですか?
「この店は日本初のナシカンダール専門店です。ナシカンダールはマレーシアの庶民派料理で、インド南部のタミル地方からマレーシアへとやってきたムスリム(イスラム教徒)が始めたもの。
ナシはごはん、カンダールは天秤棒という意味。ナシゴレンが『炒めたごはん』であるように、ナシカンダールは『天秤棒で担いだごはん』です」
店内に描かれた、南インドからマレーシアへとやってきて天秤棒を担ぐ移民の絵。ナシカンダールは台湾の担仔麺や中国の担々麺のようなストリート発祥の料理らしい。
「マレーシアとタミルは昔から海路でつながっていて、交易がとても盛んでした。インドからマレーシアへやってきたタミル系移民も多く、まだ店を持てない料理人が天秤棒でごはんとおかずを担いで売り歩いたのがナシカンダールの始まりといわれています。
天秤棒だと荷物をたくさん積めないから小皿を並べるのは無理。大皿にごはんを盛って、そこにオーダーされたおかずを乗せて提供する。今はさすがに天秤棒を担いで売っている人はいませんが、そのスタイルの料理はナシカンダールと呼ばれています。
タイ、台湾、トルコなどのアジア圏によくある、ワンプレートぶっかけ飯のマレーシア版ですね」
タミル系マレーシア人マフィアを題材にした映画『KABALI(帝王カバーリ)』に主演しているRAJNIKANTHのイラストもあるよ。すべて武田尋善さんの作品。
――マレーシアの伝統料理ではなく、マレーシアで人気が出たインド料理ということですか。
「ナシカンダール発祥の地といわれているペナン島周辺だと、今でも南インドで食べるようなおかずがそのまま出てくるらしいですけど、首都のクアラルンプール方面へと伝搬していくうちに、マレー料理や中華料理の要素が混ざり合って、東南アジアでよく使うバイマックル(コブミカンの葉)やパンダンリーフといった生ハーブ、魚醤や醤油などうま味の強い調味料が加わりました。だからどこの店で食べても平均的においしいんですよ」
――日本人が好きそうな料理ですね。
「ムスリムの料理といってもパキスタンや中東のような肉々しいどっしりした感じとは違い、東南アジアらしい軽やかさ・華やかさが特徴です。海に囲まれた地域なので魚介類も豊富に使いますよ」
――話を聞いているだけでおいしそうです!
なぜナシカンダール専門店を大手町に出したのか?
――ナシカンダールとの出会いはどこにあったんですか。
「もともと南インド料理が大好きで、大阪で2011年から間借り営業を3年、2014年に店舗をかまえて5年、ミールスをメインとした『ゼロワンカレー』という南インド料理店をやっていました。
大阪は『インド料理=カレー/スパイスカレー』というイメージが強くて、カレー屋の数もすごく多い。インドへ行くたびに作りたい本格的な料理が増えていくけど、大阪でこれ以上勝負するのは難しいかなと考えていた2019年に、東京の三田に良い物件を見つけて移転したのが『ゼロワンカレーA.o.D』です。
ここではインドの高級リゾートホテルで食べるようなリッチなミールスや、手作りのスウィーツを提供しています」
ゼロワンカレーA.o.Dのかっこいいショップカード。
ノンベジ料理も充実したリッチなミールスを提供中。こっちもいかねば。
――もともと南インド料理が本職でしたか。
「ゼロワンカレーは南インドのケーララ州の料理がメインですが、日本からケーララへ行くには、エアアジアというLCCを使って成田空港からマレーシアのクアラルンプール経由でケーララ州のコーチンに行くのが一番便利なルートなんです。
せっかくマレーシアを経由するんだから、そっちの飯も食べないともったいない。それで2015年に二度目のインド旅行へ行ったとき、1ヶ月間1人で南インドをぐるっと回って食べ歩いた帰りの便で、マレーシアでの滞在時間を長めにしたんです。
南インド料理を食べまくって飽きていたけど、せっかくだからマレーシアのスパイス料理も食べてみるかと。本当はすぐにどん兵衛とか食べたいんですけどね」
――どん兵衛ですか。マルちゃんじゃないんだ。
「それでナシカンダールというものを食べたら『うま!』ってなった。インド料理よりもおいしいんじゃないかっていうくらい(食べ飽きていたから)。そこから頭の中にずっとあったんですね、ナシカンダールが」
――インド料理は独特の制約があるからこそ個性的な味になりますが、そこから自由に逸脱できるナシカンダールも魅力的だと。立田さんはもともと南インドの料理人なので、ナシカンダールが作れたんですね。
「塩とスパイスだけで味を組み立てるインド料理に比べると、なんでもありなので卑怯なんじゃないかと思うくらい簡単にうまくなるんですよ」
――それにしても大手町とはすごい場所に出しましたね。
「この店のイメージは、クアラルンプール国際空港のフードコードにありそうなナシカンダール屋。大手町では異質ですよね。でもそれがおもしろいじゃないですか。ゼロワンカレー大手町店でもよかったんですが、まだ日本で誰もやっていないナシカンダール屋をやってみたかった。
2022年2月1日にオープンしたばかりですが、コロナ禍というのがうまくハマったんです。かなり良い条件で物件を借りることができたし、あくまでファーストフードなのでホールスタッフは必要ないから、人との接点を最小限にできる。それにバナナの葉っぱに包んだテイクアウトも可能で、これが店で食べるのとは全然違う味わいなんですよ。
テレワークが進んだこともあり、オフィス街なので平日のお客さんはまだ少ないですが、土日は日本在住のムスリムが家族連れでたくさん来てくれます」
――日本人のカレーマニアだけではなく、本場のナシカンダール好きにも認められているんですね。
「FacebookとInstagramでオープンの告知をしたら、東南アジア出身のムスリムコミュニティに瞬時にバレて一晩で10万リーチ。全く読めないマレー語のメッセージがバンバン来ました。お客さんの三分の一が外国の方という日も多く、いっぱいセルフィー(自撮り)してSNSで宣伝してくれていますね」
――そりゃ懐かしのナシカンダールが日本で食べられたらうれしいでしょう。
ナシカンダールを注文してみよう
ここまでの話をふまえて、実際にナシカンダールを注文をしてみましょう。現地ではライスに盛るおかずを自由に選んでいくスタイルが一般的ですが、日本でそれをやると「トッピングの選べるカレー屋」みたいな注文ばかりになってしまうので、あくまでナシカンダールとして食べてもらえるルールにしているそうです。
選ぶ要素がいくつもあるので、初めてサブウェイでサンドイッチを注文したとき以上に混乱しましたが、戸惑っている自分を楽しめました。「心の動揺=ときめき」です。
これがメニュー。ライスとメインとカレーと副菜を選ぶ必要があるようです。
①メインのおかずを選ぶ
まずイートインかテイクアウトかを伝えたら、メインとなるおかずを選びます。エッグを選べば「エッグ・ナシカンダール:1,200円」、フィッシュを選べば「フィッシュ・ナシカンダール:1,450円」となります。ハラール認証の肉だけを使っているので、ムスリムの方も安心です。
- エッグ・ナシカンダール:1,200円 ※半熟マサラエッグ
- グリルチキン・ナシカンダール:1,350円
- ラム肉カトゥレット・ナシカンダール:1,550円
- フィッシュ:1,450円 ※魚のフィンガーフライでこの日はタラ
- ベジタリアン・ナシカンダール:1,100円 ※ポテトギーロースト(乳製品使用のラクトベジ)
- シンプル・ナシカンダール:1,000円 ※メインなし
- 全部乗せ・ナシカンダール:1,980円 ※全部が少しずつ
- ゆめまる店長おすすめ・ナシカンダール:1,480円 ※エッグ、チキン、ポテトが少しずつ
ショーケースの上段がメインのおかず。
左が半熟マサラエッグ、右がフィッシュフィンガーフライ。
グリルチキン。
ラム肉のカトゥレット(カツレツ)。
ベジのポテトギーロースト。右は天使の海老とイカのカレーの海老。
迷ったら全部乗せか、ゆめまる店長(立田さんとは別の人)おすすめがお得。
これは迷いまくりますね。全部食べてみたいですが、全部乗せを頼んで食べ切れるのかがとても心配です。
現地で全部乗せを頼むと全部のおかずが通常サイズで乗ってくるのため、「大丈夫か! 食べられるのか!」と心配される量になるそうですが、この店では適量に調節した盛りなので、ほとんどの人が食べ切れる量とのこと。
それならばと全部乗せをセレクトしてみました。自分の胃袋を信じましょう。
②ライスを選ぶ
メインのおかずを決めたらライスの量と種類を選ぶびます。
「ベーシックライス」は長粒米(ジャスミンライス)と五分撞き玄米を半々で混ぜたもの。
「ナシブリヤーニ(+100円)」はバスマティライスを使ったビリヤニ風ごはん。現地のナシカンダール屋にはほぼある人気のライス。
ライスは量によって値段が変わってきます。
ナシブリヤーニも気になりますが、初めてなのでおかずの味を楽しむためにベーシックライスのMを注文。きっとヘルシー。
③副菜を3つ選ぶ
続いては6種類ある副菜(野菜のおかず)から3つをセレクト。どのナシカンダールでも副菜は3つ選べ、足りなければ+100円で追加も可能。日によって使用する食材や料理に変動あり。
- 季節の青菜炒め
- カブのココナッツ煮
- キャベツとニンニクの芽の炒め物
- パクチーとバミセリの和え物 ※バミセリは極細米粉麺
- ビーツのパチャディ ※ヨーグルトとココナッツのペースト
- ライタ ※野菜のヨーグルト和え
どれもおいしそう!
立田さんにアドバイスを求めたところ、ヨーグルト料理を一品加えるとバランスがよくなるのでパチャディかライタを入れるのがオススメとのこと。
青菜炒め、カブのココナッツ煮、パチャディにしてみました。
こうしてオーダーメイドのナシカンダールが作られていきます。
④カレーを2つ選ぶ
カレー(マサラ)は6種類の中から、味の特徴や辛さレベルが書かれている説明書きを参考に2つ選びます。カレーの追加は+450円で別容器(乗り切らないから)にて対応可能。
- 骨付きチキンカレー
- 天使の海老とイカのカレー
- 季節野菜のベジマサラ ※ベジ
- ダール・フライ ※ひよこ豆のカレーでラクトベジ
- 短角牛とポテトのマサラ
- 鴨肉のマサラ ※+150円、期間限定
じっとカレーを選んでいる同行の友人。
これも大いに迷いましたが、定番のチキンカレーと、なんとなくマレーシアっぽい海老とイカにしました。でも他のも本当においしそうなんですよ。
個性的なカレーを2種類も選べるというだけで魅力的。
カレーとライスだけで食事として成立しますが、それだとナシカンダールにならないのでダメです。
すでにおいしそう!
この時点でお皿の上はすごいボリュームですが、ここからさらにメインのおかずが乗せられる訳です。
メインなしのシンプル・ナシカンダールでもおいしいのは間違いないですが、この脇役で固めたステージにドーンとボリュームのある主役が登場してこそ本来のナシカンダールなのでしょう。私の場合は全部乗せにしたので、どれが主役なのかよくわからない状態になりましたが。
⑤追加のトッピングやドリンクを注文する
最後にダメ押しとばかりに、サービスのオクラとモヤシを乗せるかを確認されます。もちろん乗せていただきました。
お好みでドリンクや追加のトッピングを注文して、支払いをしたら完了です。
オクラはナシカンダールで定番のおかずだそうです。もうスペースはないけど無理やり乗せてくれます。
まだ足りなかったら追加トッピングを好きなだけしてください。
セットドリンクも個性的なラインナップ。
立田さんのおススメはマレーシアの微炭酸スポドリ、ハンドレットプラス100。じゃあそれで!
ビールなどのドリンクが入った冷蔵庫に書かれた手書きの「airtel(インドの通信会社)」がチャームポイント。
これが俺のナシカンダールだ!
立田さんから「重た!」と言われつつ渡されたトレーを受け取ると、たしかにずっしりと重たい。人生初のナシカンダールに浮かれて全部乗せを頼んでしまったのですが、別段大食いではない私に食べられるのでしょうか。
ここでひっくり返したら悲しすぎるので慎重に運びましょう。
すごく広い意味では日本人がイメージするカレーの範疇ですが、ナシカンダールはやっぱりナシカンダールですね。
「ぼくのかんがえたさいきょうの定食」と言いたくなる迫力のヴィジュアル、これはすごい。ライスが全く見えません。こんな自由が日本でも許されるなんて。よもや長崎のトルコライスを超える大人のお子様ランチ的ごはんがあったとは。
気になる食べ方ですが、いろんな味が混ざるのを楽しみながら、自由に好きなところから食べればOK。というか、混ぜずに食べる方が難しそうです。
まずは正面。ジューシーな焼き上がりのグリルチキン、南インドを感じさせるカブ、箸休めになるピリ辛のオクラ、酸味が特徴的なチキンカレーを歯ごたえのあるごはんが受け止めます。
右側。主役感が強い柔らかなラムカツ、北海道産のタラという素材の良さが生きたフィッシュフィンガーフライ、丸ごと食べられる海老が乗ったココナッツが香るイカのカレー、シャキシャキ感を残して茹でたモヤシ。
左側。ヨーグルトの酸味がうれしいパチャディ(見た目ほどトリッキーな味ではない)、ほぼ中華料理であるところに懐の深さを感じるクミン入りの青菜炒め、割るとトロリと黄身がとろける半熟マサラエッグ、その裏にあるギーの甘さが特徴的なポテトギーロースト。
ビリヤニに甘いコーラが合うように、ナシカンダールに微炭酸スポーツドリンクのハンドレッドプラスが合う!
お皿のどっち側が正面なのか判断できないくらい、360°どこから見ても具沢山なので、中華料理店のテーブルのようにお皿をクルクル回しながらいただきました。ここまでバリエーション豊かなワンプレートは今まで食べたことがありません。ザ・わんぱく。
さすがにお腹いっぱいになりましたが、量は多いものの野菜の割合が多く、一口ごとに味が違うので、最後まで飽きることなく一気に食べ終えることができました。ナシカンダール、ものすごく舌に馴染みます。
膨大なおかずとカレーの量に対してごはんが足りなくなったので、全部乗せにするならライスはLサイズにすればよかったかも。とかいって調子に乗ると、食べきれずに苦しく事になりそうですが。
こちらは同行の友人が注文した、ゆめまる店長おすすめ・ナシカンダール。これでも十分な量ですね。
今回は私も同行者も盛りだくさんにしましたが、別に大盛り専門店という訳ではないので、シンプルやベジタリアンを頼んでライスをSサイズにすれば、野菜たっぷりかつ腹八分目にすることも可能。その日の体調や気分に合わせたベストな組み合わせを探すのが楽しそうです。
肉や魚が乗らないベジタリアン・ナシカンダールもおいしそう。
インド生まれマレーシア育ちの庶民派料理、ナシカンダール、しっかり堪能させていただきました。そしてまたひとつ、行ってみたい国が増えました。いつか本場で食べてみたい!
テイクアウトしたナシカンダールは別の料理
ナシカンダールは持ち帰って温めて食べると全然違う料理になるという話なので、さっそく試してみることにしました。テイクアウトを注文すると、本物のバナナの葉に包んで盛り付けてくれます。
メインは半熟マサラエッグ、副菜はキャベツとニンニクの芽の炒め物、パクチーとバミセリの和え物、ライタ。カレーはダール・フライに短角牛とポテトのマサラをセレクト。さっき注文できなかった副菜とカレーを可能な限り詰め込んでみました。
バナナの葉っぱでテイクアウト。日本、しかも大手町とはとても思えない光景です。
ライタなどの温めない副菜は個包装してくれます。
夕飯に温めて食べました。2食続けてナシカンダール。
たしかにテイクアウトは店で食べるのとは別物でした。バナナの葉っぱは飾りではなく、新しい畳にも似た爽やかな香りがプラスされる上、包んで温めることとで蒸し焼きのようになり、全体に統一感が生まれます。
通常のナシカンダールが「一山」の盛り合わせなのに対して、テイクアウトのナシカンダールは「一塊」の一品料理と言えば伝わるでしょうか。伝わらないですね。その違いを知りたかったらぜひ両方を食べてみてください。相手と状況を選びますが、差し入れにしても喜ばれそうです。
もし私が大手町勤務のサラリーマンだったら、週2回はランチタイムにナシカンダールをテイクアウトして、給湯室でレンチンしてこっそり食べて、社内で「ナシカン」とあだ名をつけられていたことでしょう。何回生まれ変わっても大手町勤務にはならなそうですが。
バナナの葉の香りにテンションが上がります。卵は温めても半熟のままでした。
まるちゃん、おいしかったです!
紹介したお店
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください
著者プロフィール
Source: ぐるなび みんなのごはん
わんぱく過ぎるワンプレート専門店が日本初上陸…!インド移民によるマレーシア料理「ナシカンダール」は360°どこをどう食べても美味しい