焼き魚というものがある。その名の通りで魚を焼いたもので、サンマも、タイも、イワシも焼き魚として食卓に並ぶ。簡単に言ってしまえば焼くだけなので、おそらく人類は古くから焼き魚を食べてきたはずだ。
一匹丸々の焼き魚を食べていると、こんなところにも骨があるんだなとか、まだ食べられる部分があるのではないかとか、と思うこともある。そこで魚類の専門家に解説してもらいながら、焼き魚を綺麗に食べたいと思う。
焼き魚を食べる
焼き魚は食べると美味しい。切り身を焼き魚にしたものもあるけれど、アジやイワシ、タイなどは一匹が丸々焼かれていることも多い。もちろん食事のマナーに沿って食べることも重要だけれど、魚を詳しく知れるチャンスでもある。
私は魚が好きだ。水族館に行くと、魚の美しさに見惚れてしまう。それに魚には不思議がいっぱいなのだ。たとえばマグロは泳ぎ続けないと酸欠で死んでしまうとか、流れが強いところに生息するタイや太刀魚の一部は鳴門骨と呼ばれる骨が盛り上がっているものがあるとか、実に興味深いのだ。
今回は一匹丸々焼かれたアジを持って「一般財団法人進化生物学研究所」を訪れた。こちらの魚類研究室に所属する蝦名元先生と一緒に魚を食べるためだ。専門家にアジを解説してもらいながら食べるのだ。食べ慣れているアジにも驚きの機構があったりするのだ。
観察しながら食べる
蝦名先生は魚類に詳しく、生物教育の本を書かれたり、監修されたりもしている。魚の構造を子どもたちと勉強するイベントも開催している、魚観察のスペシャリストだ。そんな先生とアジを食べる。
まずどのように食べ始めればいいのかを聞いた。
せっかくの丸焼きなので、まずは「愛でる」。こんな形をしているのね、と
いきなり食べるのではない。愛でるところから始まるのだ。
マアジは日本人にはポピュラーすぎるので、意外なんですけど、生息域が限られているんですよね。アジの仲間は全世界にいるんですけど、マアジは日本近海、朝鮮半島周辺、東シナ海だけ。マアジを食べたことがない外国人はたくさんいるかもしれません
知らなかった。マアジはスーパーに行けば年中売っているので、深く知ろうとすらしていなかった。世界的には珍しい魚なのだ。それを聞いただけで、マアジを今までより美味しく感じる気がする。
顎の先からエラの終わりまでが頭部で、そこから肛門までが胴部です。胴部には内臓が入っています。肛門から尾っぽまでは尾部で筋肉しかありません
胴部がすごく短いのがわかる。人間で言えば足の長い人ということになる。サンマは肛門がアジと比べれば後ろなので胴部が長いわけだ。逆にヒラメやカレイは肛門が顔の下くらいにあるので、尾部がとても長い。
側線上全体に「ゼイゴ」とも呼ばれる稜鱗(りょうりん)が並んでいます。特に後ろ部分はギザギザが激しい。防御のためなのか、なんなのか、アジ系の魚にしかありません。防除のため、効率よく泳ぐためと考えられています。側線は水圧であるとかそういうのを感じる敏感なセンサーで、これはどの魚にもあります
今回は焼いた状態なのでわかりにくいけれど、第一背鰭(せびれ)、第二背鰭がアジには存在する。魚によってこれは異なり、1つしかないものもあれば、メダカのようにグッと後ろにあるもの、中にはないものもいる。
アジの尻鰭(しりびれ)には尻鰭棘(しりびれきょく)がありますね。透明なトゲが2本。おそらく防御のためで、アジに多いですね。泳ぐ時は収納していますが、何かがあると立てます!
いよいよ食べます!
まだ食べていないのでお腹は膨れていないけれど、知識は膨れてきている。今までこんなに焼き魚を観察したことはなかった。アジにトゲがあるのも知らなかった。いつも痛いところあるな、とは思っていたけれど。では、食べていこうと思う。
側線に沿ってめくって行くと食べやすくなります!
肉に赤い部分と白い部分があるのがわかる。
筋肉の質に違いがあります。マグロとかってミオグロビンが多くて回遊型の魚ですけど、アジもマグロに近いピンク色の肉があり、さらに赤い肉がついています
瞬発力系のヒラメとか、タイとかは白色筋がもっと白く、赤色筋が少ないです。アマジはマグロとマダイの間ぐらいですよね。より持久力系の魚は白色筋が赤い色になります。アジも刺身の時はもう少しピンクっぽいですよね!
焼き魚なので白く見えるけれど、本来はピンクだ。赤色筋は血合肉とも言うので、ミオグロビンが多く、比べると少し鉄っぽい味がする。先生も言うように魚の種類によって、白色筋と赤色筋の割合は異なるので観察しても面白い。
背中側を食べれば次はお腹側だ。
お腹の辺りはオイリーな感じですよね。マグロだとトロってありますよね? あまり動かないお腹のところですよ。我々で言う下っ腹のところ。脂肪分。内臓のあたりは動かないからオイリーなんですよ
理屈から考えると筋肉しかない尾部が硬く、胴部が柔らかいはずだけれど、そこまで違いはわからない。私の舌ではわからないのだ。また尾部は薄いので焼いた際に水分が早く飛んで硬くなっている可能性もある。ただ理屈から考えれば尾部の方が硬いのだ。
アジのカマの部分です。肩帯です。「鯛の鯛」と呼ばれていたりもしますね
鯛の鯛と呼ばれている肩帯。アジから取れても鯛の鯛に変わりはない。なかなかかわいい。胸鰭を動かす時に使われる骨だ。
上の部分にも細く短い骨がびっしりとある。
背鰭を立たせたり、寝かせたりする骨です。筋肉が根元にあって、スペアリブ的に、細かく骨を覆うようについているので食べるのは大変ですよね。ピリピリって取ろうと思えば取れます。同じように下にもあります
なんで魚はこんなにも骨が多いのだろうか。魚を食べにくいと感じる原因のひとつだと思う。
陸の動物は重力に逆らうために太くて丈夫な骨が多いですけど、魚の場合は基本的に形を維持するための骨なので、比べると細いのがいっぱいあるという感じです
頭も食べられるぜ
一般的には上の写真の状態で「ごちそうさま」になると思うけれど、今回はまだまだ行く。頭にも食べられる部分があるのだ。そして、その部分は美味しい。食べないという選択肢はないのだ。
目の周りと鰓蓋(えらぶた)の上の肉。頬骨があってそういうところを食べていく。内側から攻めた方が食べやすいですね。頬肉はエラを動かしたり、口を動かしたりする筋肉です
好みもあるけれど、目の部分も食べることができる。DHAが豊富だ。そして、細かい作業になるので、カニを食べる時のように、先生も私も無言になっていた。カニを食べる時だけではないのだ、無言になるのは。細かい肉を取るとなんでも無言になる。
骨しか残っていない。好みだけれど、頭の肉は美味しかった。ツルンとしており、旨味も凝縮している感じがする。問題はとにかく細かく、作業時間はかかるけれど、食べる量が少ないことだ。マグロなどの大きい魚は頭も食べるけれど、小さい魚の時はあまり食べない理由がわかる。
ウルトラマンの頭のような骨の奥に薄っすら何かが見えるのはわかるだろうか。脳みそだ。まだ脳みそが骨の中に隠れているのだ。
人間と同じで大脳、間脳、中脳、小脳、延髄があります。人間の場合は大脳が大きいですけど、アジは違いますね
もちろん食べることができる。味はウニのような食感で濃厚。ウニが好きな人ならば美味しいと思える味だ。私は好きだった。
これでアジを食べ終えた。ただアジを食べるだけなのに、学びがたくさんあった。体の構造や、その構造の狙いがよくわかる。意味があるのだ。そして、それらがすべて美味しいのだ。
マナーとは別
専門家の方に教えてもらいながらアジを食べた。知識が増えて、いつもより美味しく感じた。焼き魚を食べるマナーとしては、ダメな部分もあるけれど、今回は知識の食事でもある。身近なものを知るというのは面白い。そして、アジは美味しいと再確認できた。
取材協力
著者 地主恵亮
1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「インスタントリア充」(扶桑社)がある。
Twitter:@hitorimono
Source: ぐるなび みんなのごはん
魚類の専門家と焼き魚を食べると、魚の構造が学べてそれらがすべて美味しい