個人的名所が多すぎるココロ社です。
有名ではないが、個人的に名所と感じられる場所がある。たとえば歴史的には特に重要でもないお地蔵さんの造形を愛でたり、赤の他人の家のまわりに置いてある鉢植えに四季の移ろいを感じたり……など、誰もがしていると思う。名所の数はその人の生きた時間に比例して増えていくが、今回は、「誰も中華街だとは思っていないが、個人的には横浜や神戸に匹敵するほど重要だった中華街」の話をしたい。
道玄坂の上に勝手に中華街を見出していた
00年代の後半の話だが、ごく個人的かつごく小規模な中華街が渋谷にあった。当時の写真を載せようとして漁ってみたら、レコード屋の写真が出てきた。撤退直前のシスコである。
あのころ、ほとんど毎週渋谷に行き、レコードを買ったあと個人的中華街に寄ってから帰宅していたことを思い出した。ごはんに夢中でレコードを忘れて帰ったことも一度や二度ではない。今はサブスクリプションの時代なので忘れ物もできなくなってしまったが……。
勝手に中華街呼ばわりしていたのは道玄坂を登ったところにある通。現在の姿はこちら。
写真だけを見ると、ごくふつうの都心の通りとしか思えないが、ここに個人的にかなり重要なふたつの店があった。
ひとつは、髭鬚張魯肉飯(ひげちょうるーろーはん)。台湾に本店があり、日本にも出店している。魯肉飯といえば、いまはときどきコンビニエンスストアで売られることもあるが、当時はまだ台湾が好きな人しか知らない料理だった。わたしもこの店を見かけて入るまで、魯肉飯なるものの存在を知らなかった。そして知ってからは虜になって、その後の台湾旅行でも魯肉飯ばかり食べることになるのだが、本場の台湾に行っても、ここの魯肉飯を超えるものはなかったと思っている。髭鬚張魯肉飯は、豚の頬肉を使っていて、バラ肉とは違った脂の旨味があり、他と一線を画している。
昔の写真フォルダから、お店があったときの写真が見つかったので貼っておく。
魯肉飯だけでなく鶏肉飯(じーろーはん)を頼んでいた。和食に置きかえると、牛丼と天丼をいっしょに頼んでいるようなものであるが、時が元に戻ってもわたしはこのセットを頼むだろう。
もうひとつは、華泰茶荘。台湾のお茶の店。
ここは今もビル自体は残っているのだが、喫茶店としては営業してはいない。
かつて1階では販売、2階で喫茶ができ、本格的な茶器で台湾茶が楽しめた。これは2階でお茶を飲んでいたときの写真。
2階で飲んだお茶を帰りに1階で買ったりしていた。お茶は何度もお湯を継ぎ足して飲めるので何度もオフ会などをして、お茶が薄々になるまで粘ったこともあったっけ……。
このふたつの店が同時に開店していたタイミングは短い間なのだが、わたしの中で、この通りはわたしが中華街に求めるほとんどすべてが備わっていたのだった。当時は今のように、池袋や西川口の新しい中華街も今ほどの規模ではなかったので、奇跡のようなストリートと思っていたのだった。
お店が閉店してからも、道玄坂を登るたびに、何かのきっかけでお店が再オープンしたりしないかしら……などと思っていたのだが、去年から気軽に外出もできなくなり、そもそも渋谷に行くことすら減ってしまったのだった。
お取り寄せで幻の個人的中華街を再現する
そこで思い出したのが、ふたつのお店とも、お取り寄せが可能であるということ。外出を自粛するついでに幻の個人的中華街の再現を家でしてみようと思い立ったのだった。魯肉飯は、外出が減ることを予感して、以前10食分のセットを頼んでいて、まだ残りがあった。特別な気分のときに食べるものと位置づけている。
お茶は台湾らしいお茶と思って名産の凍頂烏龍茶、せっかくなので「極品特」を注文した。ふたつのお店がお茶の間に会するのである。
髭鬚張魯肉飯はパッケージが楽しくて、贈り物にもいい感じ。
華泰茶荘のお茶はEMS便。航空便の便数が減っていて到着に時間がかかることもあるらしいのだが、わたしの場合は注文して3日後には届いて、国内便の感覚とあまり変わらなかった。
お店の魯肉飯の圧倒的な個性はレトルトでも再現されている
魯肉飯はレトルトパックで、2~3分湯煎をするだけ。
ご飯がない場合はパックでもいいが、せっかくなので鍋で炊いた。
お店では大盛りが頼めたが、本当はご飯を超大盛りにしたかった。見た目だと具が少なめに見えてしまうが、味が濃いのでご飯多めでちょうどいいくらいなのだ。
脇のお漬物は自分で足したいぶりがっこ。魯肉飯をいただくとき、青梗菜や味玉がついていることが多いのだが、ふつうのお店にはない組み合わせがよいと思って自分で買い足した。
1合半も炊いてしまって盛りすぎたかなと思ったが、少し食べて、むしろこのくらいの比率がちょうどいいと思った。それほどの濃厚さなのである。初めて食べた魯肉飯がここの魯肉飯だったのだが、これを基準にすると、どの魯肉飯を食べても素朴で物足りない感じがする。
凍頂烏龍茶はふつうの烏龍茶と比べると焙煎が浅く、緑茶に近い色合いで、茶葉からもフレッシュな香りが漂ってくる。
とくにここの「極品特」は渋みがほとんどなく、華やかな香りだけが口の中で広がる。お茶というよりも未知のハーブに触れるような感動がある。
大好きだった2つの店が家の食卓に集まるの図。別々のお店なので往時もこの最高の組み合わせで楽しんだことはなかったのだが、出会いに感謝……。
濃い味の魯肉飯と清涼感のあるお茶を交互にいただいて満足した。3煎くらいまではおいしく飲めるので、じゃんじゃんお湯を注いで、食べ終わったあとはティータイムへとなだれこむ。
お店で飲んだときはクッキーやドライフルーツをお茶請けにしていたが、今回はいちじくのジャム。ジャムを舐めてお茶をいただいて……を何度も繰り返してしまう。
かくして、多摩市の自宅に突如として台湾が発生したのだった。
個人的な伝説の中華街が、その気になればすぐ召喚できることの安心感ときたらない。
特に昨今はお取り寄せに対応していなかったはずのお店がお取り寄せを始めていることも多い。みなさんも記憶の引き出しの奥深くに眠っている個人的な伝説のお店のひとつやふたつはお持ちのはずなので、調べてみると伝説をお茶の間で再現できるかもしれない。
紹介したお店
著者プロフィール
ライター。主著は『マイナス思考法講座』『忍耐力養成ドリル』『モテる小説』。ブログ「ココロ社」も運営中。
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Source: ぐるなび みんなのごはん
あのころ渋谷にあった、極私的中華街を自宅に召喚する