埼玉県出身の小野洋平です。埼玉に生まれ育った者として、僕はこれまで「ぎょうざの満洲」「鴻巣の川幅うどん」「娘娘のスタカレー」など、数々の埼玉グルメを紹介してきました。
今回、取材してきたのは「野菜すし」。文字通り、魚ではなく野菜をネタにした寿司です。
「海なし県」「水を知らない民」などと揶揄されがちな埼玉県人の反骨精神と創意工夫が生んだ野菜すし。その美しさと美味しさに迫ってみました。
苦境に立たされた埼玉の寿司屋。「野菜すし」で起死回生を
2018年に取材した「花寿司」の大将・稲生氏さんから興味深い話を聞いた。その時の記事はこちら。
いま埼玉県では「野菜すし」が人気だからさ、取材してみなよ。
――ん? 野菜すし……ですか?
数年前から埼玉県の鮨組合(県鮨商生活衛生同業組合)で取り組んでいる、野菜を使ったお寿司だよ。
――そんなものがあるんですか!
そうそう。とりあえず、野菜すしを考案した鮨組合の理事長のお店を紹介するから行ってみな!
――鮨組合の理事長……。行ってきます!!
というわけで、稲生氏に紹介された「寿司割烹山水」へ。大宮の隣駅、JR日進駅から徒歩1分の場所にある。
店前には「埼玉前 野菜すし」という、のぼりが。本当にあったんだ……。
こちらの優しそうな大将は鮨組合の理事長であり、野菜すしを考案した大将の関根利明さん。この道50年のベテランだ。
関根さんの背後にも「野菜すし」のポスターが。のぼりにポスター、けっこう力が入っている。実物が気になるが、握っていただく前に関根さんにいろいろ聞いてみよう。
※店舗は新型コロナウイルス感染症対策を実施しており、取材も対策を講じた上で2020年12月に実施しました。
――野菜すしって関根さんが考案されたと聞いたのですが?
そうですね。正直、ここまで人気になるとは思わなかったですけど…(笑)。
――そうなんですか? そもそも、野菜すしを作ろうと思ったきっかけって?
今から8年前の2012年のことです。世界中の寿司職人が集結し、お寿司の技術を競う「World SUSHI CUP」という大会があり、私は審査員を務めていました。その時にふと、魚だけでなく、野菜のお寿司があっても面白いな~と思ったんです。
――咄嗟に閃いたんですか?
そうですね。あいにく、私が店を構える埼玉県には海がありません。しかし、野菜は豊富に採れる。収穫量も全国でトップ10に入っていたはずです。最初は思いつきではありましたが、これは案外いけるのではないかと思いました。そこで、冗談混じりで大会関係者の方に「今度、野菜のお寿司の大会をやらせてもらえませんか?」って打診してみたんです。
――反応はどうでした?
意外にも好感触でしたね。「来年から新しくブースを作るから、そこで野菜すしのデモンストレーションやりなよ」と言ってもらえたんです。
――おお、話が分かる。野菜の寿司なんて邪道だ!と突っぱねられてもおかしくないのに。
そうですね(笑)。そこでまず、副理事長の稲生さんたちに「埼玉県で野菜すしを作ろう」と呼びかけたんです。「そんなことやって売れるの?」と疑問視する声もありましたが、4~5人は協力してくれました。それから勉強会を繰り返して、徐々に協力してくれるお店を増やしていきました。
――勉強会って、どんなことをやったんですか?
各店舗で2種類ずつの野菜を使い、寿司に仕上げてくるというものです。なお、野菜は他店とカブらないように振り分けて、各々が独自の野菜すしを考案していきました。でも、最初はみんな苦戦していましたね。芽ネギやかんぴょう巻きなどのお寿司は握ったことがありましたが、野菜は初めてでしたから。でも、それぞれが「埼玉県のお寿司屋を盛り上げたい」という一心で必死に頑張っていました。
――自分の店だけではく、埼玉県の寿司屋全体を盛り上げようと?
はい。じつは県の組合に加盟する寿司屋さんは、ここ10年で1,300軒から120軒にまで減ってしまったんです。特に埼玉のようなベッドタウンは安価な回転寿司の台頭もあって、個人店は厳しい状況になっていたんです。
――そんな過酷な状況だったとは……。
そのため、もし野菜すしがヒットすれば各店舗の売り上げになり、組合の活性化にもつながると思ったんです。それからの1年間は研究の日々です。野菜ソムリエを招いて野菜の特性を学んだり、どのような調理法が適しているのかを模索し続けましたね。
――特に苦戦したネタはありますか?
ヨーロッパ野菜の葉物ですね。茹でたり、焼いたりと手は尽くしてみたんですが、どうしても独特の香りが残ってしまい、難しかったです。あとは、しゃくし菜。湯引き一つとっても、ただのお湯がいいか、塩や醤油を入れるべきかと随分悩みましたね。
――単に奇をてらったものではなく、寿司としてちゃんと美味しいものを作ろうと研究を重ねられたんですね。
そうですね。1つの食材に対して、どの調理法が合うのか、どういう見た目が綺麗なのか、みんなで検討し続けました。そして、現在では各店がそれぞれの調理法を確立し、それぞれの形・味で野菜すしを提供していますよ。その違いを楽しむのも面白いと思います。
レシピ本に料理教室! 地道な普及活動
――先ほど、1年後の「World SUSHI CUP」で野菜すしのブースを作ってくれるとのお話がありましたが、いかがでしたか?
約束通り、2013年の「World SUSHI CUP」ではブースを作ってもらい、野菜すしを無料で提供しました。最初は反応が不安でしたが、蓋を開けてみたら評判がよく、用意していた2,000貫が40分ほどでなくなってしまったんですよ。
――おお~! 大成功ですね。
そこで自信をつけた我々は、お店でも野菜すしを提供することにしたんです。
――そりゃあ、もう爆売れしたんじゃないですか?
それが、全然売れなかったんですよね(笑)。なかには「そんなのお寿司じゃない」っていう組合やお客様もいましたね。
――そういうものですか……。でも、確かに最初に注文するまでのハードルは高いのかも。
なので、私の店では当初、お客様に野菜すしを無料で出すことにしました。はじめは「なにこれ?」と疑われましたが、多くのお客様から「見た目以上に美味しい」と言っていただけましたよ。
その一方で、普及活動にも力を入れました。例えば、レシピ本。寿司職人と勉強会を重ね、約3年かけて野菜すしのレシピをまとめたものです。それを県内の130店舗のお寿司屋さんに配布しました。すると、愛知、静岡、千葉、茨城、東京、新潟、長崎からも「レシピ本を欲しい」とお問い合わせをいただき、県内外にも配布しましたよ。
――寿司職人ではない僕も、レシピ本ほしいです。野菜すし、作ってみたい!
じつは、そういう要望もありました。そこで、野菜すしの料理教室も開催したんです。県内の野菜を5種類ほど用意し、仕込みから握り方まで教えました。地域の方はもちろん、SNS経由での申し込みもあり、大反響でしたね。
――テレビでも取り上げられていましたよね。
はい。NHKの大相撲中継が終わった直後の番組で野菜すしを特集していただけたんですよ。相撲ファンの方に興味を持っていただけたのか、翌日には野菜すし目当てのお客様が60人もいらっしゃいました。
――地道な活動が、ついに実ったわけですね。
いえ、もっともっと知っていただきたいです。ですから、今回も取材ありがとうございます。
――いえいえ。こちらこそ。
食べてみよう、野菜すし
――では、実際に野菜すしを食べてみたいのですが、今日のネタは何がありますか?
――にんじんやダイコンはないんですね。メジャーどころは、あえて避けているとか?
いえ、そんなことないですよ。今日のメニューにはありませんが、にんじんやダイコンもネタになります。にんじんは湯引きし、細く切って握ります。ダイコンは桂剥きし、甘酢に漬けた後に軍艦巻きにします。
ただ、可能な限り地産地消にこだわり、旬の時期に提供したいので、野菜のネタは数を絞っています。たくさん用意しておくとロスも大きいですから。基本的には10種類前後に抑えていますね。
――たくさんありますね。全部で何種類くらいになりますか?
40種類以上ですね。
――そんなに!? ちなみに、シャリは魚のお寿司と一緒なんですか?
一緒です。当初はシャリの塩を強くしたり、酢を弱くしたりと研究していましたが、結果的には魚で使っているシャリが一番合ったんですよ。
思ったより彩りがあって美しい。さすが、彩の国の野菜たち。なお、ネタの上に載っているのは「味噌」と「わさび味噌」だそう。
――色鮮やかで綺麗ですね!ちなみに、このなかで一番人気のネタは?
赤パプリカです。なんとなく、見た目が鮪に似ているからですかね?(笑) あとはエリンギ、ズッキーニの軍艦巻きなども人気です。
――赤パプリカ、むちゃくちゃ美味しい! 野菜の風味を生かしながらも、出汁が染み込んでいて、なんとも優しい味わい……。
――こんなに大きいきくらげが埼玉県で採れるとは……! すごい弾力で食べ応え十分です。ちなみに、隣のバターナッツって?
ひょうたん型のカボチャになります。
――うまい! 硬くてパサパサした感じかと思いきや、ねっとりとした味わいで濃厚! こんなに酢飯と合うのもビックリです。
――しいたけも臭みが一切ないですね! 何も言われなかったら、貝の一種だと思いそう……。度々ですみませんが、手前の野菜は?
そちらはカリフローレ。カリフラワーの一種で、埼玉県にある「トキタ種苗」が開発した日本生まれの野菜です。
――初めて食べます……! コリッとした歯ざわりに、ほんのりとした甘さが口いっぱいに広がりますね。
――楽しみにしていた、エリンギ。シャクシャクの食感が楽しく、出汁と味噌の相性も抜群です。いやあ、どれもこれも最高にうまいですね。
ありがとうございます。みんなで相談し、協力してくれる仲間がいたからこそ、ここまでのものができました。
――おそるべし野菜すし。正直、侮っていたかも……。
興味本位で召し上がった方も、味の良さに驚かれることが多いですよ。
――美味しさはもちろん、どのネタも新感覚の味・食感・見た目で、食べるのが楽しいです!
でも、まだまだ使っていない食材はいっぱいあります。野菜の数だけ可能性はあるので、これからもみんなで挑戦していきたいと思います。そして、もっと野菜すしを作るお店を増やし、日本だけでなく、世界中の方々にも食べてもらいたいですね。それが今の夢です。
埼玉から世界へ! 羽ばたけYASAI SUSHI
――なんと、世界まで見据えているとは! でも、それこそ野菜すしならベジタリアンやビーガンの人でも食べられるから、ワールドワイドに展開できそうですね。
はい。ですから、途中から出汁も鰹から昆布に変えています。以前も日本語は話せないけれど「ビーガン、ビーガン」とだけ喋る外国の方が来られました。来日される外国人の方にも、きっと喜ばれると信じています。
それに最近は少しずつ、世界からも注目され始めていると感じます。ベジタリアンの多いフランスからは「フランスまで野菜すしを教えに来てくれ」というオファーがありました。また、台湾からは「5,000万円出資するから、野菜すしのお店を作ってくれ」と言われましたね。さすがに台湾に行ってくれる板前がいなかったので断りましたが(笑)。
――すごい! 埼玉県出身者としても誇らしいです。ぜひ、埼玉発の野菜すしが世界に羽ばたいてほしいです。
ありがとうございます。正直、今も「そんなのは寿司じゃない」っていうお店もあるくらいですし、本当に認めてもらえるまでには時間がかかるでしょう。でも、昔の江戸前から寿司はどんどん進化してきたわけですし、新たなお寿司のスタイルが出てきても良いと思うんです。今の時代、これだけ食文化も多様化してきているわけですからね。
伝統的な世界において、新しい試みは「異端」や「イロモノ」的な扱いを受けやすい。しかし、野菜すしは単なる話題作りではなく、職人の技と知恵が結集した本物の寿司だった。今はまだ「珍しいもの」として取り上げられているが、そのうち街の回転寿司でも本格的な寿司屋でも野菜すしが普通に食べられるようになってほしい。それまで、埼玉前の野菜すしを全力で応援したいと思う。
紹介したお店
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
著者プロフィール
小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。
http://yajirobe.me/
Twitter:@onoberkon
Source: ぐるなび みんなのごはん
イロモノじゃない! 海なし県・埼玉が生んだ「野菜すし」は、職人の技と情熱が詰まった本格派の寿司だった