卵というものがある。我々が日常的によく食べる卵はニワトリの卵だと思う。スーパーに行けば必ずニワトリの卵は売っているし、卵焼き、目玉焼き、卵サンドなど卵という名前がついた料理も多い。ホッケーケーキやお好み焼きなどにも卵を使う。
ニワトリの卵をよく食べているけれど、もちろん違う卵もある。あまり流通していなくても、美味しい卵も存在するのだ。今回は世界的にも珍しいホロホロチョウの卵を食べてみたいと思う。
ホロホロチョウとは?
ホロホロチョウという鳥がいる。紀元前2400年頃のピラミッドにも、飼育されているホロホロチョウの絵が描かれるほど歴史ある鳥だ。紀元前400年頃にはヨーロッパに持ち込まれ、一度は飼育が途絶えるけれど、1400年頃にポルトガル人により、再びヨーロッパに持ち込まれ今日に至る。
日本ではあまり馴染みはない鳥ではあるが、1822年にオランダ船から持ち込まれた記録があり、1867年にはパリ万博に派遣された田中芳男が持ち帰り繁殖させた。その容姿は、イメージではあるが、海外っぽいね、という感想を持つ。
日本での知名度はあまりないが、フランスではスーパーなどにも並び、ちょっと高級な鳥肉を食べてみようかという時に、一般的に食べられている普通の鳥となる。飼育羽数はフランスやイタリアでは5,000万羽で、日本ではピーク時で30万羽ほど。今は10万羽ほどなので、日本での知名度がないのも頷ける。
ポイントは、肉は世界的には割と食べられる鳥ではあるが、卵はほぼ流通していないという点だ。肉のためにホロホロチョウは飼育され、どこの国もホロホロチョウの卵は食べないのだ。ニワトリには採卵用の品種が存在するけれど、ホロホロチョウにはそんな品種が存在しない。
そもそもホロホロチョウには品種というものが存在しない。ホロホロチョウ属にはホロホロチョウだけしかいないのだ。見かけが異なるものは存在するけれど、どれもこれもホロホロチョウ。そんなホロホロチョウの卵を売っている場所を見つけた。
「農の蔵」は東京農業大学ゆかりの全国の美味しいものを売っているお店だ。東京農大醸造科卒の全国の有名蔵元からの地酒もあれば、毎月第2 ・4 土曜日には季節の野菜などを売る朝市も開催されている。
ホロホロチョウの卵はいつもあるわけではなく、運がいいと入荷しているという感じだが、私は運がいいのだろう。むしろ運だけで生きてきたので、ホロホロチョウの卵を売っている時に訪れた。もちろん買った。こういうの、絶対に買っちゃうタイプなのだ。
専門家に聞く
私はよく知ってから食べたいタイプだ。ただ食べてもいいのだけれど、詳しくなってから食べるとより美味しいと感じると思っている。ということで、ホロホロチョウの研究をしている東京農業大学の小川博教授を訪ねた。
小川教授は学生の頃からホロホロチョウの研究をしており、その道45年という方。私は農の蔵で卵を買って、初めてホロホロチョウの存在を知るほど疎いのだけれど、日本でのホロホロチョウはどんな感じなのだろう。
前の東京オリンピックの時、あの頃に第一次ホロホロチョウブームがありました。ふぐ料理屋さんが夏場に出せる料理がないかということで、ホロホロチョウに目をつけて出したんですね。そういうのもあって、和食でも出てくるし、もともとフランス料理でもあって、それで随分ホロホロチョウを出すお店も増えていたんですけど、だんだんとブームが落ち着いてくるじゃないですか、それでそのままですね
一度ブームが来ているのだ。知らなかった。私はホロホロチョウを知らなかったので、当然そんなブームは知らなかった。ちなみに第一次ホロホロチョウブームと先生は言っているので、第二次ホロホロチョウブームもいつだったのだろう。
第二次ホロホロチョウブームはないですね。実は去年、一昨年辺りにブームを起こそうと思ったんですけどね。でも、キムタクのドラマ「グランメゾン東京」でもホロホロチョウを使った料理は出てきましたよ
まだ第二次ホロホロチョウブームは来てないらしい。これを書いている今は、私は味を知っているので書くのだけれど、第二次ホロホロチョウブームが来て欲しい。めっちゃ美味しいから。驚くほど美味しいのよ。
先に書いたように、フランスやイタリアでは普通にホロホロチョウを食べている。ではなぜ、卵は流通していないのだろうか。
ニワトリのように卵を産まないです。年間でよく産んで150個くらい。ニワトリだったら300個くらい。よく産んで半分ということです。フランスでも日本でも卵は流通してないですね
ニワトリのようには、数を産まないそうだ。ブームの頃も卵は珍しく、ホロホロチョウを出す料理屋さんで少し売っていた、程度らしい。今も昔もホロホロチョウの卵はレアなのだ。
ホロホロチョウの卵は殻が厚いのが欠点でもあり、長所でもある。我々が買って家に持って帰るには絶好。でも加工して何かに使うには割りづらいので欠点です
サイズは40グラムくらい。産み初めは小さいですね。だんだんと大きくなると50グラム弱。それでもニワトリと卵と比べれば小さい部類に入ります。だいぶ小さいですね
ホロホロチョウの卵は味が濃いのが特徴。カラザがないのもいいですし、卵黄の大きさも鶏卵と変わらないですよ。卵白が少ないんですよね。卵黄は脂分が多いです。脂分と言うと嫌がる人もいるけど、不飽和脂肪酸が多く入っています。卵かけご飯にしてみると、すごく色も際立っているし、卵黄の感じがクリーミーです
カラザを嫌がる人は多い。そもそもカラザは卵黄の位置を卵の中で保つためのスプリングみたいな役割をしている。それがホロホロチョウにはないのだ。実際はあるのだけれど、それを形成するタンパク質が鶏卵とは異なり、見えないというのが正しいかもしれない。
カラザについてわかったようなことを書いたけれど、小川教授から聞いた話をさも自分の手柄のように書いてみた。ちなみにホロホロチョウの肉はどうなのだろうか。
ホロホロチョウの風味がします。たとえばキジはキジの風味があるじゃないですか、でもそれを臭みと思う人もいるんですよ。基本的には鶏の餌と同じようなもので育てているところが多いです
実はこの時、私は肉も食べたくて、岩手の「石黒農場」のホロホロチョウの肉をすでに買っていた。
最高ですね! あそこのお肉は特別ですよ。都内の高級フレンチだとかイタリアンだとか、そういうとこに出していますから。ここは餌に雑穀類を随分入れていて、万人受けすると言うと変だけど、ホロホロチョウ特有の風味が嫌み無くマイルドに感じられるんですよね
餌次第のようだ。あとでホロホロチョウの肉料理についても紹介するのだけれど、先に書いてしまおう。美味しい。めちゃくちゃ美味しい。ニワトリより私は好きだった。
ホロホロチョウは、実際に食べても美味しかったので、ぜひブームが来て欲しい。育てるのは難しいのだろうか。
ホロホロチョウ自体は飼いやすいです。強健で病気に強いですし。ニワトリより力が強いので、ケージが壊れやすいですけどね。ホロホロチョウの一番のネックは繁殖が難しいことですね
繁殖が難しいというのは確かにネックだ。ヒナを生産しなければ数が増えないので。では、なぜ難しいのだろうか。
ホロホロチョウってツガイになるんですよ。ニワトリってオス1羽にメス10羽とか入れておくと、全部交尾して全部のメスが受精卵を産んでくれる。ホロホロチョウは同じように入れていても、ペアが生まれちゃうので、ペアしか受精卵が生まれない。ヒナを生産するにはあんまりよくない
ペアになると確かに数が増えない。それは問題だ。
そこで人工授精をやります。オスはオスで飼って、メスはメスで飼って、オスの精液を採って、人工授精で増やす。人工授精が産業的に使われているのは、シチメンチョウとホロホロチョウ。フランスなんかは全部そうですね、日本もそうですよ
ジャフラトレーディングというところがヒナをほとんど生産していて、ジャフラの生産量が日本のホロホロチョウの生産量とほぼイコールということらしい。ぜひホロホロチョウを増やして欲しい。美味しいから。まだ育てる農家さんも多くはないそうだ。
ホロホロチョウの卵を食べる
小川教授に話を聞いた結果、ホロホロチョウについて詳しくなれた。オススメの食べ方は「たまごかけごはん」らしい。作ろうではないか。
先生から聞いていたけれど、確かに硬かった。鶏卵とうずらの卵くらいしか知らないので、硬いと言ってもそこまででしょ? と疑っていたら、マジで硬かった。鶏卵なら形がなくなるほどの力でテーブルにぶつけてやっと割れる感じだ。
これ驚くほど美味しかった。カラザがないので見かけ的にもやっぱりいい。何より卵黄が大きいのもあって濃厚なのだ。鶏卵でも濃厚なものはあるが、それを超える濃厚。クリーミーと言ってもいい。臭みも感じず、味が濃いなと大満足だった。私は濃いものこそ正義と思っている。
もう1つ教えてもらった食べ方がある。ゆで卵なのだけれど、沸騰してから5~6分茹でる半熟の食べ方だ(鈍端分に小さな穴を空けてから茹でるといいです)。ちなみに先にも少し触れたけれど、ホロホロチョウの卵は卵黄中のコレステロールが少なく、不飽和脂肪酸であるリノール酸やアラキドン酸を多く含む。栄養面でも素晴らしいのです。
濃厚とはホロホロチョウの卵のためにあるのではないか、と思うほどに美味しい。ほどよく熱が入ることで濃厚さが際立つのだろう。鶏卵も同じように茹でて食べるといつもより濃厚に感じたけれど、ホロホロチョウにはかなわない。調味料はいらない。自然のスイーツと思えるような味だ。
ただ料理次第ではある。鶏卵とホロホロチョウの卵を同じ条件で醤油漬けにしてみた。するとどういうことだろうか、同じような味だった。私の舌ではどちらも同じ味。どちらも美味しくはあるけれど、先のような感動はなかった。料理次第ということだ。
ホロホロチョウの肉を食べる
農の蔵にはホロホロチョウの肉は売っていなかったけれど、通販で石黒農場のホロホロチョウの肉を買った。先に小川先生が最高と言っていたけれど、肉を見た時点でこれたぶん美味しいよ、と思うような感じだった。
食鳥の女王とも呼ばれており、タンパク質とコラーゲンが豊富に含まれ、低コレステロールだそうだ。小川先生に焼いて食べるだけでも美味しいよ、と教えてもらったので焼いた。マジックソルトをパラパラとするだけ。
1羽分の肉が入ったものを買ったので、「モモ肉」「ムネ肉」「ささみ」と食べたのだけれど、どこもパサつくということはなく、しかも臭みは皆無で、なんなら鶏肉より臭みがない、まである。
口の中でとけて美味しい、と表現をするタイプの肉ではない。硬いわけではないけれど、噛みごたえがあり、その一噛みごとに美味しさが広がるやつだ。牛肉より美味しいと言ってもいい。さっぱりしており、ずっと食べていられるのがホロホロチョウだ。
何肉に近い味なのか、というは難しい。ホロホロチョウ味というのが正解になると思う。今回買ったお店の肉しか知らないが、癖もないので万人に受けると思う。卵も肉も美味しいってホロホロチョウはすごい。もっと早く出会いたかった。今後は好きな食べ物にホロホロチョウを挙げたい。
卵も肉も美味しかったので、その2つが出会う料理「親子丼」も作った。これもやはり美味しかった。肉はやはりパサつくことなく、卵と肉の濃厚さが組み合わされている。ただまだホロホロチョウに出会ってすぐの私だから、もっと純粋に味を楽しめるものの方が感動した。親子丼は親子丼でめちゃくちゃ美味しいんだけどね。
ホロホロチョウが来る
ホロホロチョウを初めて食べた。卵も肉も本当に初めてだった。間違いなく美味しいと言える。マジで美味しいの。美味しいしか書けなくなるほど美味しいの。農の蔵で見かけたら絶対に買おうと思う。ちなみに農の蔵は全国の美味しそうなものがあるので、行くと無駄に買ってしまう。日本って広いな、ってめちゃくちゃ思うのだ。
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参考文献
「新版特用ハンドブック」新版特用ハンドブック編集委員会 社団法人畜産技術協会 2007
「畜産全書 ヤギ,めん羊,ウサギ,家禽,実験動物,ミツバチ,他」農文協編 農山漁村文化協会 1983
著者プロフィール
地主恵亮
1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「インスタントリア充」(扶桑社)がある。
Twitter:@hitorimono
Source: ぐるなび みんなのごはん
世界的にもレア! ホロホロチョウの卵が濃厚で美味しいので第二次ブームが来たら良いのに