ワサビというものがある。緑色で、お刺身やお寿司を食べる際は特にワサビは重要な調味料となる。スーパーに行けばチューブに入ったワサビが売られているし、スーパーもそうだけど、道の駅などでは、ワサビがまるまる売られていることもある。
ワサビにはとても歴史がある。日本の固有種で、昔から、それはそれは昔から日本で食べられてきたのだ。とはいえ、ベランダで育てる、みたいなこともないので実はワサビのことを我々はよく知らない気もする。ということで、ワサビ田に行ってみようと思う。
ワサビは日本の固有種
鼻にツーンと抜ける辛さを持つワサビ。海鮮丼を食べる際やお寿司を食べる時は、ワサビなしは考えられない。地域によっては名産に「ワサビ漬け」があったりもする。日本中どこでもチューブのワサビはあるので、ワサビを手に入れることは容易だ。
海産物とワサビはよく組み合わされているイメージがある。山の中で育てられることが多いワサビと海のものが組み合わされるところにロマンを感じる。山と海、つながってはいるけれど、ある意味真逆。でも、海産物とワサビはよく合う。ロマンだ。今世紀最大のロマンだ。
自宅の冷蔵庫を開けるとワサビのチューブが割と入っているイメージがあるけれど、我々はどのくらいワサビについて知っているのだろうか。稲や小麦、ジャガイモなどのように、その辺を歩いていてもワサビを育てている様子を見かけることはほぼない。もっとワサビを知っていいと思うのだ。
ワサビの歴史
ワサビの歴史は古い。ワサビ属植物が日本にやってきたのは氷河期の頃と思われる。間氷期が来て、また氷河期が来るので、日本のワサビの先祖たちは日本列島と大陸が氷河期により陸続きになった時に何度かやってきたわけだ。
ワサビの最も古い記録は飛鳥時代の遺跡から出土した木簡に書かれた文字だ。ざっくり言えば西暦600年頃ということになる。飛鳥時代は100年以上あったので、ものすごくざっくりだけどね。
飛鳥時代後期には成人男性は租税の1つである「調」を納めることになる。本来は「調」の文字からも分かるように繊維製品で納めるわけだけれど、指定品を納めることも可能で、そこにはワサビも含まれていた。税をワサビで払う時代もあったのだ。
平安時代の日本最初の薬草辞典「本草和名」にも、ワサビは登場する。薬としてワサビは食べられていたということだ。平安時代末頃に書かれた料理本「厨事類記」には汁物にワサビを入れると書かれている。現代ではスープ的なものにワサビのイメージはないけれど、昔はそうだったのだ。
室町時代には鯉を食べる時は酢にワサビを入れて食べたとある。江戸時代に醤油が一般に普及するまでは生魚は酢にワサビが一般的だった。御伽草子にもワサビは登場するので、ワサビの認知度は室町時代にはそこそこあったと考えられる。
江戸時代になると一般にも広がる。寿司が生まれたのもこの頃だ。ものすごくざっくりではあるが、ワサビの歴史はこのようなものになる。おそらく縄文時代の人も食べていたとは思う。ずっと日本にあるから。そして、ツーンと来ると盛り上がったはずだから。
ワサビの育て方
山梨県小菅村にはワサビを育てている畑が多数存在する。ワサビを育てるには大きく2つ方法があり、1つが沢ワサビ、もう1つが畑ワサビとなる。水を利用できるところでは沢ワサビが栽培され、水ができないところでは畑(陸)ワサビを栽培する。
小菅村は多摩川の源流域の一つであるため、美しい水が豊富。そのため沢ワサビの栽培が盛んだ。育て方は沢と畑の2つあるが、品種としてはあまり違いがない。共通の品種を育てることが可能。今回訪れたワサビ田では「真妻」という品種が育てられている。
沢ワサビを育てるワサビ田にはいくつかの方式がある。山口や島根などでよく見受けられる「渓流式」、静岡の天城山麗で発達した「畳石式」、長野県安曇野あたりで盛んな副流水を利用した「平地式」などがあり、今回訪れたものは、山梨や奥多摩地方でよく見られる渓流式を改良した「地沢式」となる。
石畳が段々に作られ、その数は15段ほど。上流から綺麗な水が流れている。普通の畑を知っている場合はワサビの植えられた砂というか砂利というか、礫(れき)に驚く。フカフカの土の畑と真逆と言える感じ。礫だらけなのだ。
沢ワサビを育てるために必要なのは、なにより水である。品質や収量は水の養分に関係する。先にも書いたように一般的な畑の作物とは耕土が異なり礫なので、肥料成分を吸着保持する力をあまり持たない。そのため水から得られる栄養で品質などが変わることになる。
また低めで安定した水温も大切になる。最適な水温は12度前後で、冬と夏の水温度の差が3度ほどと少ない方が品質収量共に向上する。小菅村は夏でもエアコンなしでもいいような地域なので、ワサビ作りには向いた場所と言える。
うちではもう40年くらいワサビを作っています。植えてから収穫までに2年ほどかかります。うちは加工がメインですが、育てている「真妻」はそのまま食べても美味しい品種です
苗を植えてからは基本放置でもいいんですが、台風や強い雨が降るとワサビ田が崩れ、苗が流れるので植え直しが必要です。また石段も崩れるからそれも人力で直さないといけません。落ち葉が入ればそれを取り除かないといけないし、水道が変わることもあるので、均等にしないといけません。台風の時期は特に忙しいです
葉っぱだけ育って芋が小さい時とかもあるし、獣害もあります。猿が抜くんですよ、ワサビを。食べないんですよ、ただ抜いていくんですよ!
どの作物でも言えることだけれど、ワサビ作りも大変なようだ。猿がただ抜いて行くというのもすごい。いわゆる畑で作る作物の獣害は食べる目的が多いのだけれど、ただ抜くってどうしていいかわからない。猿にとってはレジャーなのかもしれない。
ワサビの我々がよく思い浮かべる部分は、ジャガイモと同じで茎が肥大化したもの。ちなみにサツマイモは根っこが肥大化している。そのためワサビの我々が思い浮かべる部分は「芋」や「根茎」と呼ばれる。イメージ的には食べている部分はジャガイモと同じなわけだ。
茎も食べることができるのがワサビの優れた点であり、しかも茎もキチンとワサビの味がする。鼻に抜ける辛味も芋同様だ。ワサビは捨てるところがないとも言われ、花や葉っぱ、ひげ根なども食べることが可能だ。
生ワサビ丼を食べる
ワサビのことをざっくり学んだ。歴史も作り方も。先には書いていないけれど、品種も「真妻」以外に、「伊沢だるま」、「三宝」、「あまぎみどり」などがあり、生産量は2017年のデータによれば、1位長野、2位岩手、3位静岡となっている。ちなみにトップ3が全国の生産量の約80%を占めている状態だ。
小菅村にある「小菅の湯」の施設内に食事処があり、そこで多摩川の源流で育ったワサビを使った「生ワサビ丼」を食べることができる。ご飯の上には鰹節と海苔がのっており、ワサビは自分でおろして食べるスタイルだ。
ワサビは茎が生えている方向からおろす。茎側の方が香りが強いためだ。また「の」の字を描くようにして、ゆっくり擦りおろすのもポイント。着色料など何もないのに、美しき緑色のワサビが完成する。
ワサビは一度擦りおろしてしまうと、どんどんと香りや辛味が飛ぶので、食べる前に擦るのが基本。そして、ご飯に乗せれば素早く食べる。これが美味しく食べる基本なのだ。食べれば分かる、美味しいと。辛みが上品で香りが気高い。そういうワサビ丼になる。
ツーンと来た。とてもツーンと来た。擦ることで香りや辛味が出るのだ。その証拠に、というほどではないけれど、収穫させてもらったワサビを洗いその場で齧ってみると、擦った時ほどの辛味は感じなかった。
洋食にもワサビ
先のワサビ田でワサビを収穫させてもらった。基本的には1年中収穫することができるのだ。辛味が強いのは冬かなと青柳さんが言っていた。収穫させてもらったもので、料理したいと思う。
ワサビは日本固有のものなので、日本食のイメージがあるけれど、ワサビの器は広く、基本的には何にでも合う。オリーブオイルにワサビと塩で非常にさっぱりとしたドレッシングが完成する。
ワサビ漬けとマヨネーズを混ぜると和製タルタルソースの完成となる。やっぱりこれもさっぱりしていて、フライなどの脂っこいものをあっさりと食べさせてくれる。ワサビ漬けが苦手という人もこれにすると食べられる人が多いように思える。
乳製品との相性もワサビはいい。ベビーチーズにワサビ味があるように、合うのだ。バターにワサビを混ぜてトーストに塗っても美味しい。心地よく思えるパンチ力がトーストに生まれる。辛いわけではないけれど、眠い朝にもちょっとだけ目が冴えるような美味しいトーストになる。
昔はワサビを汁物に入れていたと書いたけれど、実は美味しいのだ。お吸い物に入れても美味しいし、今回のようにコンソメスープに入れても、スープにキレのようなものが生まれ深みが出る。とても美味しいと言えるスープになるのだ。なぜ入れないのか、と思うほどに美味しい。もはや入れていないコンソメスープは認めないほどに。
オシャレなランチになったのではないだろうか。昼食というより、ランチと言った方がいい感じの料理になったけれど、全てにワサビが使われ、全てが美味しい。ワサビを和食だけにするのはもったいないのだ。
ワサビの良さは、全てをあっさりさせ、深みを生み出すことだ。それは洋食でも通用する。自分で擦るというのもいい。何度も言うけど、自分で擦る場合は食べる直前。あるいは擦ってすぐに醤油をかけるなどすれば、辛味や風味が飛ぶのを抑えてくれる。これはいつか開講予定の「地主のワサビワンポイントレッスン」でまず最初に教えることだ。
冬になりました
先にワサビは1年中収穫できるけれど、辛味が強いのは冬と書いた。それは本当なのだろうか。この記事は写真でもわかるように夏頃に撮影した。そのために私が半袖だったりする。しかし、冬の方が辛味が強いと聞いて、冬を待っていたのだ。
冬を待っていたのだ。同じ畑の同じ品種が夏と冬で味が本当に異なるのか知りたくて、冬が来るのを待ってまた訪れた。ワサビの沢は陽が当たってはいるけれど、寒い。とても寒い。何より流れる水が水温的にはそんなに変わらないと思うが、冷たく感じた。
見た目は特に違いを感じなかった。夏も冬も見た目は一緒なのだ。美しい緑色をしている。ただただ水が冷たかった。これを食べてみたいと思う。辛味は増しているのだろうか。
食べてみると、驚くほど辛味が増していた。ツーンの権化。夏より全然辛い気がする。風味的にはそんなに違いを感じなかったけれど、辛味だけは間違いなく増している。辛味を求めると冬のワサビなのかもしれない。
ワサビを食べていきたい
ワサビを昔から愛していた。美味しいと思っていたのだ。チューブのワサビも美味しいのだけれど、やはり比べれば自分で擦って食べる方が美味しいように思える。ちなみに私はワサビ漬けが苦手です。でも、タルタルにすると美味しい。タルタルソースより美味しいまである。ワサビの奥深さを知ることができる。
【参考文献】
『わさびの日本史』山根京子 文一総合出版 2020
『ワサビ―栽培から加工・売り方まで』星谷 佳功 農山漁村文化協会 1996
著者プロフィール
地主恵亮
1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「インスタントリア充」(扶桑社)がある。
Twitter:@hitorimono
Source: ぐるなび みんなのごはん
ワサビは冬の方が辛く、そしてパンに塗ってもスープに入れてもワサビは美味しい