僕らが愛する即席めんには、「地区限定商品」なるものが全国各地にある。
地域の嗜好やエリア展開の都合により、限られた地域で提供される商品だ。たとえば1980年前後はチキンラーメン(日清食品)ですら、西日本限定商品に近い存在だったという。
その中でも、ソウルフードとして愛される地区限定商品を多数もつのが東洋水産だ。ラインナップは、
- やきそば弁当
- 焼そばバゴォーン
- 激めん ワンタンメン
- ダブルラーメン
などなど。地元民が愛し、旅先で見かければとびっきりうれしくなるような、キラ星のローカルスターめんを生みだしてきた。
しかし、そもそもなぜこんなに地区限定商品を販売しているのか? 赤いきつね・緑のたぬきの全国的ベストセラーをもつ東洋水産にとって、手広く全国の味も同時にカバーするメリットとは何だろう。
ローカル即席めんが生まれた背景には、見慣れた商品が天下を取る世界とは一線を画した、ワンダーランドがあった。東洋水産の加工食品部即席企画課課長・中嶋健太郎さんがそれを教えてくれた。
50種類もの地区限定商品がある
辰井
いま即席めんの地区限定商品って、どれだけありますか?
中嶋
50種類くらいです。
辰井
多い!
中嶋
長年かけて少しずつ増えましたね。
辰井
地区限定商品でとくに売れる商品は何ですか?
中嶋
なんといっても北海道限定品の「やきそば弁当」です。圧倒的トップシェアですから。
辰井
そのほかに売れている商品はありますか?
中嶋
東北と信越限定の「焼そばバゴォーン」です。こちらも現地でトップシェアですから。
辰井
バゴォーン、そんな人気なのか!
中嶋
バゴォーンはもともと全国販売されていましたが、それをやめる際に売れていた地域に残しました。非常に根強い売れ行きですね。
辰井
両方とも地元のシェアトップとは驚きですね。
中嶋
北海道限定の袋ラーメンたちも売れます。あと沖縄限定の「沖縄そば」もシェア上位だと思いますよ。
辰井
北海道と沖縄って、ブランド総合研究所の「都道府県『愛着度』ランキング」1~2位の常連なんですが、関係しているかもしれませんね。
中嶋
九州限定の「バリうま ごぼ天うどん」なども安定して売れています。
辰井
九州のスーパーにいっぱい置いてありますね。この価格帯のカップめんでこれだけごぼうが太いのは至高です。
中嶋
こだわりのごぼ天が入った自信作ですね。
辰井
なぜ東洋水産は地区限定商品を大事にするんですか?
中嶋
日本には地域ごとに味の嗜好があり、それぞれの土地で昔から食べ慣れた味を好んで食べ続けていますから。なので、赤いきつねと緑のたぬきも……
- 北海道…旨み豊かな利尻昆布
- 東日本…香り高いかつお節
- 関西……コクのあるうるめ節
- 西日本…力強い旨みの煮干し
と、それぞれだしの特長を生かして、4つのつゆを使い分けているんです!
地区限定商品は地元チーム主導で生まれる
辰井
全国販売の赤いきつねと緑のたぬきでさえ、こんなに徹底しているんですね。ちなみに地区限定商品で最近出た注目株は?
中嶋
東北エリアで秋冬限定の「あつあつ芋煮うどん」です。
辰井
これ2回食べました、意欲作ですよね!
中嶋
「東北全体で盛り上げて売りたい」との、東北の営業マンからの発売希望を形にしました。
辰井
東京のトップダウンではない?
中嶋
地元側からの要望で商品を出すケースがほとんどですね。お客さまからの声をもとに発売することもあります。
辰井
地元ならではのアイデアですね。東北各地で秋になると河原で芋煮会をやるって聞くし。
中嶋
「芋煮でうどんを出す」は、その地域で暮らす方ならではの発想ですし、地元主導で開発されることもありますよ。
北海道で圧倒的なシェアを誇るワケ
辰井
ちなみに、北海道の地区限定商品ってめちゃくちゃ多いですよね!?
中嶋
ええ。北海道のシェアが大きい分、エリア販売が可能でして。
辰井
シェアが大きいのはなぜ?
中嶋
1964年からいち早く北海道に営業拠点や工場を設け、活発な事業展開を図ってきたため、道民の方に浸透できたのではないかと考えます。
辰井
地元に強く密着できたと。
中嶋
たとえば北海道限定の「ダブルラーメン」は、1964 年に現地工場ができた当初からあります。北海道開発で道民の方に合わせて作っていますから。
辰井
そういう好循環があるから多いんですね。
中嶋
ええ。さらに、道民の人に密着し、彼らに合うものも作りやすかったんです。ちなみにバゴォーンも2012年まで八戸市にある工場で生産していたので、それも東北で浸透した理由の1つかもしれません。
やきそば弁当は「中華スープ」、バゴォーンが「わかめスープ」の謎
辰井
やきそば弁当だけでも種類いっぱいありますもんね。しかもトリッキー。2021年に出たラインナップを見ただけでも「こんなの出す?」とビックリです。
中嶋
定番は7種類ですが、季節ごとにスポット商品を出します。
辰井
なぜここまでいろいろ出すんですか?
中嶋
やきそば弁当は企画から開発まで北海道でやっていて、北海道チームの想い入れが強いんですよ。
辰井
へぇ。やきそば弁当といえばなんといっても、スープがいいですね。
中嶋
寒さの厳しい北海道に合わせて添えられました。ノーマルに付く中華スープのほか、コンソメスープや白湯(パイタン)スープもありますよ。
辰井
捨てるお湯で作る省エネ精神もいいな。
中嶋
捨てるお湯には「うまみ」も溶け込んでいますからね。
辰井
なるほど、そば湯みたいなものか。ちなみにスープはバゴォーンにも付いていますよね?
中嶋
「ソース焼そばを食べる時は、何か飲み物が欲しい」というお客さまの声にお応えして付けました。
辰井
東北・信越も寒い地域だから、熱いスープがうれしいですね。バゴォーンはまっさらなお湯から作るのはなぜですか?
中嶋
すっきりしたわかめスープは普通のお湯で作るほうが合いますから。
辰井
長年の謎が解けました! ちなみにやきそば弁当って味のポイントはなんですか?
中嶋
道民の方に愛されるよう、くせがないソースのベーシックな味わいに、フルーティーさを加えています。
辰井
甘い味付けが好きな道民の方は多いと聞きますが、その表れかもしれませんね。
中嶋
濃いものは瞬間的においしく感じますが、日常的な食べ物にはなりづらいんです。強すぎない味のものこそ定番化できます。「白いごはんは毎日食べたくなる」のと一緒ですよ。
辰井
焼そばバゴォーンのお好みソースのタイプは濃くてパンチのある味わいでしたが、プレーンなノーマルがあっての商品という感じもしますね。
超ロングセラー、なぜ「静岡」だけで提供?
辰井
静岡は「ハイラーメン」と「焼そば」のすごいロングセラー商品がありますよね。なぜ静岡なんですか?
中嶋
販売を縮小する中で、売れ行きの良かった静岡では地域限定品として引き続き販売しています。静岡には1960年から生産工場があり、支店も存在しましたから。
辰井
静岡支店を置く企業ってあまりないですよね。だいたい名古屋支店管轄の静岡とか。
中嶋
ええ、そこからハイラーメンや焼そばが地元の皆さんに浸透しまして。
かつての全国商品、地区限定での生き残り術
辰井
もともと全国販売されている商品が、地区限定商品で生き残っているのを目にします。
中嶋
バゴォーンも、ハイラーメンも全国に販売していましたが、すごく強かった一部のエリアでは残した格好ですね。
辰井
おもしろいな。限られた土地で熱烈に支持される理由はなんですか?
中嶋
味覚もありますし、エリアによる東洋水産の勢力の強さで左右されます。工場があったり、支店があったり。
辰井
いわば戦国時代の勢力図のようなものですね。
中嶋
「激めん ワンタンメン」も北海道・東北ですごく強くて。「強いから全国でも売れるんじゃないか」と過去に何度か全国販売されました。
辰井
売れたんですか?
中嶋
ただ、いろいろ壁があったんです。北海道で作っているので、そこから西日本までもっていくのも費用がかかるし。それでもやってみたら、厳しかったです。
辰井
いまはどうなりましたか?
中嶋
いまは名古屋以東の販売となっています。
辰井
激めんすごくおいしいですね。ワンタンもふんだんに入って、太くて歯ごたえあるメンマも好きなんです。
辰井
お客さんから印象的な声はありましたか?
中嶋
よく「地元民はローカル商品を全国商品だと知らない」って言いますが、本当にそうなんです。
辰井
たとえば?
中嶋
東北や北海道の学生さんが社会科見学に来るんですけれども、そこで地域限定品だとはじめて知る方がたくさんいます。
辰井
ホントなんだ!
中嶋
あとで「地元限定だと知りませんでした。作っていただいて感謝です。いっぱい食べます!」っていうお手紙をもらうことも多いですよ。
伝説の「納豆わかめラーメン」は記録がない?
辰井
ちなみに1984年、「納豆わかめラーメン」を東北限定で出したようなのですが……お心当たりございますか?
中嶋
納豆わかめラーメン? うちが出したんですか……? 知らないですね……。
(ここで突如登場)CSR広報部・山城佑芽さん
発売年表にはありましたが、くわしいことが一切出てきませんでした。
辰井
わあ、わざわざ調べていただいてありがとうございます……!
中嶋
すごい商品ですね。納豆は菌の問題とかがあるから、カンタンに出せないと思うんです。でも年表にあるんだ?
山城
ただ、くわしい商品のリリースやどんな具材を入れているかのデータが残っていなかったんです。
辰井
謎ですね。
山城
社内報には「納豆わかめラーメン新発売」とだけ載っていたんですよ。
辰井
東北は納豆とわかめの消費額ランキングで上位を独占するほどですから、愛される下地はありそうです。
※後日出てきた資料によると、納豆わかめラーメンは1984年8月発売。乾燥納豆が付いていたしょうゆラーメンで、明石家さんまがテレビCMに登場。好調なら納豆の消費量の多い他地域にも拡大予定だったという(筆者・辰井調べ)
企画モノ→ノーマル商品の流れでずっと愛される定番品に
辰井
東洋水産さんにとって、地区限定商品とはどんな存在ですか?
中嶋
歴史的な商品も多いですし、大事にしたいです。
辰井
心強いです。ちなみにやきそば弁当などのロングセラー商品って、味を変えていますか?
中嶋
味はほぼそのままですよ。
辰井
おお!
中嶋
スポット商品から定番品を知ってもらって、ノーマルも食べてもらう流れを作っています。
辰井
ノーマルとスポット商品の二刀流でファンを楽しませながら、おなじみの味を守るわけですね。
中嶋
ええ。ここまで愛される商品なので、味も存在も守りたいです。そのためには、いやらしいですが「地元のみなさん、どうか買ってください(笑)」。
辰井
(笑)。たしかに、買ってこそ商品は残りますもんね。
筆者プロフィール
辰井裕紀(たつい・ゆうき)
ローカルネタ・卓球・競馬などが得意のライター。過去に番組リサーチャーとして秘密のケンミンSHOWなどを担当。著書「強くてうまい!ローカル飲食チェーン」発売中。
Twitter:@pega3
編集:ノオト
Source: ぐるなび みんなのごはん
なぜ東洋水産には約50ものローカル即席めんがある? かつての全国商品も生き残るワケ