こんにちは。ライターの斎藤充博です。
「生姜焼き」って2つの形態があると思っています。一つは「薄切りにした肉を炒めた」もの。もう一つは「厚切り肉をソテーにしたもの」。どっちもうまいですよね。
ところで、少し前に「しょうがないしょうが焼き」というものがSNSでちょっとした話題になりました。一時はこれを食べるのに1か月待ちの予約が必要だったそうです。
「しょうがないしょうが焼き」のすごいところは、先ほどあげた2種類のどちらでもない、まったく新しい形の生姜焼きであるということ。
「しょうがないしょうが焼き」を作ったのは、埼玉県の新所沢駅近くにある焼き肉屋さん「ニューニクロザワ」。実物を食べにいってきました。
めちゃめちゃ分厚いのに箸で切れる「しょうがないしょうが焼き」
これが「しょうがないしょうが焼き定食」です。真ん中のお皿にのっている茶色いかたまりが「しょうがないしょうが焼き」になります。1日30食の限定品です。
- 豚の肩ロース200g以上
- 温泉玉子と味噌汁つき(テイクアウトでは味噌汁はつかず)
- ご飯おかわり無料
- しょうがマシ、にんにくマシ、チーズのトッピング無料
「しょうがないしょうが焼き」の分厚さを表現しようとして真横から撮ってみました。この角度からだと、肉じゃなくて大根の煮物みたいに見えますね……。
でね、この分厚い豚の肩ロースが……
箸で切れるんですよ!!!! なんだこの柔らかさは!!!
切った後の断面はこんな感じ。赤身肉の線維が縦に走っています。豚肉の脂身の部分はほとんど使われていません。
食べてみると、まず食感に驚きます。やわらかすぎて、僕の知っている豚肉ではないです。やわらかい豚肉料理というと「角煮」を想像する人も多いかもしれませんが、それとも違う。
なんとも言葉で表現しにくいのですが、僕がいままで食べた物の中で一番近いのは「ブリの照り焼き」。あの食感に近い。でも味は豚肉なんです。イメージできますか?
かかっているタレは、ガツンと濃いめの味。生姜の味も強めです。きっと肉が分厚い分、タレにもパンチを効かしているのでしょう。
ご飯にめちゃめちゃあいます。自分の好きな大きさに箸で切って、お茶碗にのっけて食べるのが、ベストな食べ方なんじゃないでしょうか。
薬味も充実しています。ミョウガと千切り生姜……。いいじゃん。
温泉玉子をのせました。そんな、こっちが欲しがりそうなものを全部用意しなくても、いいじゃない! そういうのなんだか恥ずかしいんだ、おれは。
というわけで、「しょうがないしょうが焼き」はすごくうまかったです。うまかったのですが……。
この「しょうがないしょうが焼き」って、一体なんなんでしょうか。どんな風に豚肉を調理したらこうなるのか。なんでこんな料理を作ろうと思ったのか。
オーナーの中川悟さんに経緯を聞いてみました。
「しょうがないしょうが焼き」は20時間仕込んだ豚肩ロース
「しょうがないしょうが焼き」、すごく美味しかったです。でも、これは一体何なんでしょうか。
これは低温でゆっくり仕込んだ豚肩ロースですね。
低温調理ですか。ひょっとしたら、そうなんじゃないかって思っていましたが……。それにしても、やわらか過ぎやしませんか? 僕も自宅で低温調理を試したことはありますが、普通にやってもこうはならないと思います。
これはですね、一定の温度で20時間かけて熱を入れているんです。
20時間ですか! 長い。聞いたことないです。
そうすることにより、箸で切れるくらいやわらかくなりますし、余分な脂が抜けてサッパリ食べられるようになる。豚の角煮とも違うやわらかさになっていると思います。
確かに、脂っこい感じは一つもなかったですね。むしろさっぱりしている。
僕もかなり試行錯誤を重ねました。10時間でやってみたり、15時間でやってみたり、24時間でやってみたり。
硬い仕上がりになってしまって、箸で切ろうとしたら割り箸が折れちゃったり、逆にやわらかくなりすぎて、豆腐みたいにボロボロになってしまったりもしました。
何度もやり直して20時間になったんです。
単純にやわらかくしたり、脂を抜くなら、圧力鍋を使うのはどうなんでしょうか。それなら時間かからないですよね。
圧力鍋も使いましたし、その他の方法もいろいろ試してはみました。でも、やっぱり今の調理法が一番おいしいですね。
なるほど……。
仕込みには20時間かかるんですが、提供はそのまま出すだけなので1分でできるんです。忙しいランチ時やテイクアウト、デリバリーには持ってこいですね。
「しょうがないしょうが焼き」は新型コロナウイルスの流行がきっかけだった
事情はなんとなく分かったのですが、それにしても20時間はすごい……。
こんなに時間をかけるなんて、普通はしませんよね。うちも通常の状態だったらやりません。「しょうがないしょうが焼き」ができたきっかけは、新型コロナウイルスの流行なんです。
どういうことでしょうか。
このお店が「楽しくお酒を飲める焼肉バル」としてオープンしたのは2019年12月です。年末のオープンだったのでお客さんたくさん来てくれました。そこから2~3か月経って、段々とオペレーションも落ち着いてきました。ホッとしたところで……。
あっ。第一回目の緊急事態宣言ですか……?
そうなんです。お店でスタッフと一緒に、テレビで首相の緊急事態宣言の会見を見て。頭抱えていました。
これは痛い……。
うちは18:00に開店して、朝の4:00まで営業をするスタイルのお店だったんですよ。さらに小さなお店で朝までワイワイ飲みながら良い肉を食べるというコンセプトは、三密そのものでした。これは続けられない。お店は休業です。
(スタッフの一人を示して)彼なんて、肉料理が大好きでウチに来てくれることになったのに、出勤して1日でお店が休業ですからね。
大変じゃないですか。
でもね、もう起きたことは、しょうがないじゃないですか。だから、やれることをやっていこうって。
緊急事態宣言に応じて休業し、肉のプロならではのお弁当を作る
そこで、いままで一度もやったことのなかった「テイクアウト」「ランチ」メニューの開発を始めたんです。まず考えたのは「大きな肉のかたまり」をお客さんに食べてもらいたいな、ということ。緊急事態宣言が出た日から試作を始めました。肉のかたまりを食べると元気が出るっていうのは、人間のプリミティブな欲求だと思うんです。
「しょうがないしょうが焼き」は肉のかたまりですもんね。発想はここからきているんですね。
みんな家にいるしかなくて、食事はスーパーかコンビニで買うか、自炊でしょう。そんなときに肉のかたまりのお弁当があったら楽しくなるじゃないですか。
どうせ営業できないのだから、思いっきり時間をかけて作ってみようかなと……。
その時はみなさん、どんな心境で試行錯誤していたんでしょうか?暗い気持ちにはならなかったんですか?
私の他に2名のスタッフがいまして、2人とも若くて前向き。「やってやンぞ!」って感じです。
すごい。前向きだったんですね。
僕は日中は金融機関を回って、夕方からは試作をしていました。常に動いていた。毎日何かをやっていないと気がおかしくなってしまいそうで。そもそも今後店が再開できるか分からなかったですからね。
「しょうがないしょうが焼き」が現在の形になった時はどう思いましたか?
「光が見えた」と思いましたね。皆様に喜んでもらえるものができたのではないかと。
なにしろ、試作した物を家に持って帰ると、妻と4歳と5歳の子どもが喜ぶんです。100回くらいは作って持って帰ったのですが、その度に子どもがバクバク食べている(笑)。持って帰らない日は「今日はないの?」なんて言われたりして。
それは手応え感じますね。飽きないんだ!
これだけやわらかいと、世代を問わず好んでもらえるのも特徴だと思います。80歳を超えるお客様もおいしく食べられるという感想をいただいております。
確かに。高齢者でも子どもでもおいしく食べられると思います。
「しょうがないしょうが焼き」を売り出し始めたのは、緊急事態宣言中の5月11日からです。売り出したら想像以上の人気で、すぐに売り切れてしまいました。仕込みに時間がかかるために生産が追いつかなかったんです。予約いただいても相当先になってしまって、お客様にご迷惑をかけてしまったこともありました。
僕がSNSで「1か月待ち」というのを見たのですが、きっとそれですね。
5月からはお弁当とランチ、9月からはUber Eatsによる宅配を始めました。ランチは30食限定なのですが、ほぼ毎日完売しています。
このお店の周辺だけでなくて、渋谷と六本木でも、テイクアウトしたり、Uber Eatsでの宅配ができたりするんですよね? どうやっているんでしょうか。
渋谷と六本木に知人のバーがあります。バーの営業時間は夜なので、いまは営業ができないんですよ。そこにお肉とタレを配送しています。仕込みに時間はかかるのですが、提供は「温め直すだけ」なので、どこでもできます。
なるほど……。そういったことができるのなら、「しょうがないしょうが焼き」って、もっと広がる可能性があるんじゃないでしょうか。ピンチをチャンスに変えた、というところですかね。
「チャンス」とまでは、まだまだ言えない状況です。
ただ、うちと同じように新型コロナウイルスで苦しんで、慣れないランチやテイクアウトをやらざるを得ない飲食店は世の中にたくさんあると思うんですよ。これは本当に飲食店にとっては負担になります。
「しょうがないしょうが焼き」はロスも出ませんし、提供も素早くできるので、「うちでも取り扱えないか」という問い合わせは多数いただいております。
これは、ビッグビジネスの予感がしますね……。
お陰様で「しょうがないしょうが焼き」はご好評をいただいています。広がる可能性もあるのではと思っています。
ただし、うちの本業は相変わらず焼肉屋です。名物は「カルビ」と「ニンニクサガリ」。うちの並カルビは希少部位のカイノミを使っています。
名物の並カルビ。
おお……。そっちも、めちゃめちゃうまそうですね。
衛生対策もきっちりしています。10坪の店内に7つの強力ダクトが付いています。換気はバッチリです。ぜひこちらも食べに来てほしいですね。
*編集部注:取材は緊急事態宣言中ではない2021年3月11日に行われました
しょうがないから「しょうがないしょうが焼き」
ところで、なぜ「しょうがないしょうが焼き」というネーミングなのか。この名称にした理由を中川さんが語ってくれました。
「『しょうがないしょうが焼き』は、うまくてしょうがない、分厚くてしょうがない、やわらかくてしょうがない、という意味です。でもそれだけじゃなくて、もうこんな大変な事態になってしまったからしょうがない、クヨクヨ考えていてもしょうがないという意味もありますね」
なるほど……。新型コロナウィルスのせいで、飲食店だけではなく、みんな本当に大変な思いをしていると思います。
僕自身はライターという仕事をしているので、生活に影響は少ない方でしょう。それでも新型コロナウイルスは本当に憎いし、つらいです。
でも、その中でこんなメニューができたということは、ちょっとした希望になるんじゃないでしょうか。でかい肉にかぶりつくのって、確かに元気が出ますよ。
紹介したお店
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
市ヶ谷近辺でも「しょうがないしょうが焼き」 が食べられます
プロフィール
斎藤充博
指圧師・ライター・マンガ家などをしています。昼寝とビールが好きです。
Twitter:@3216
note:斎藤充博
Source: ぐるなび みんなのごはん
箸で切れるほどやわらかい「しょうがないしょうが焼き」。開発のきっかけは新型コロナウイルスだった