チェーン店の「店名を名乗るメニュー」。その多くは店のプライドが込められた、とっておきのメニューだ。
店のスタンダードだったり、デラックスだったり、ひとつの「決定版」的なメニューたちに他ならない。
迷ったときも「店名がついているメニューなら間違いない」と、しばしば客からは信頼の証のようにも扱われる。
この「店名を冠しているメニュー」。いったいどんな思いと工夫が込められているのか? 担当者にお聞きし、個々のメニューに舌鼓を打ったら、その営業努力や味の神髄が見えてきた。
【1店目】名代 富士そば
筆者・辰井も通算200食くらいはお世話になっている、東京ローカルチェーンの筆頭格「名代 富士そば」。
ダイタンフード株式会社の開発企画広報、入社25年の博識・工藤寛顕さんに話を伺おう。
「特撰富士そば」と「肉富士そば」
まず「特撰富士そば(500円)」と「肉富士そば(590円)」について聞きたい。富士そば最高額レベルの単品メニューで、僕も自分にご褒美を与える感覚でよく頼んでいる。
工藤さん「1998年ごろに特撰富士そばが出て、その2年後くらいに肉富士そばが出ました。どちらも最初は、どの店舗でもNo.1級の人気。今も4~5番あたりの人気上位メニューです」
文句なしの豪華版メニュー。やはり「富士」の屋号は気合の入ったメニューの証拠なのか。
工藤さん「作った人はやっぱりそういう思いですね。肉富士そばを作った人も『肉肉豚バラ何々~』とかのネーミングを考えたけど、最後は“一番にしたいから”と『富士』をつけたようです」
こちらが「特撰富士そば」。具材は多いが、何かが突出することなく調和のとれた並び。だから食べやすい。
工藤さん「立ち食い蕎麦屋で昔からある食材をそのまま載せているものなので」
そして他社にない温泉卵を導入し、カニ……ではなく、カニカマで色をつけた。
工藤さん「カニカマは女性の集客をめざして載せられました。そばが変わったり、つゆの量が増えたりと変化していますが、キツネは25年間そのままです」
特撰富士そばは、もともと1店舗で売っていたが2002年ごろに全店展開された。
工藤さん「富士そばはグループ8社で運営していて、自社以外のメニューはあまり売らなかったんですね。でも当時の役員たちが、人を育てるためにも全店で販売しようって。そこから、新しいそばを開発した人は金一封とともに表彰して、全体でメニュー化する仕組みが生まれました」
なんと富士そば名物の開発型メニューは、特撰富士そばの登場から仕組み化されたのだ。
そして590円ならではの風格をもつ、肉富士そば。
工藤さん「肉メニューがどうしても売れるので、最初は牛肉を載せて誕生しましたが、BSE問題 *1 や焼肉屋さんの事故の影響で、豚肉に切り替えました」
なお、10年ほど前から肉富士そばの辛いバージョンとして「赤富士そば」も期間限定などで販売されている。フィリピンでは人気で、常時販売中だ。
工藤さん「私もまかないでそばを食べるんですが、特選富士そばや肉富士そばって、何も考えないで頼めますよね」
それこそ、“全部のせ”のよさだ。「これなら間違いない」と思って頼めるから。
「富士そばセット」の反省から“富士”がつくメニューは制限
工藤さん「あと20年ぐらい前に富士山もり(720円)が出ました。これ、実は僕が開発したものなんです。マクドナルドさんのメガ盛りブームに対抗したんですが、結構売れました」
3玉を一気に食べるパワフルなメニューのため、限られた固定ファンに愛されている。
その他にも、1997年ごろに生まれた「富士そばセット」がある。といってもミニカレーとかけそば(もりそば)のセットで、1日1店で100食売れる人気メニューだった。
工藤さん「でも『名前から商品が連想できない』って、特撰富士そばのセットとよく間違われて。『ミニカレーセット』に変えました」
そして富士そばセットをやめるタイミングで、「間違えを減らすために“富士”をつけたメニュー名は原則的にやめよう」とルールができた。
工藤さん「それでも富士そばにとって、『富士』を名乗るメニューは……看板を背負って立ち、ブランドを象徴していくものですね」
取材協力:ダイタンフード株式会社
【2店目】モスバーガー
続いてはモスバーガー。看板メニューは大胆にもトマトの輪切りが入った「モスバーガー(410円)」。年間売上において、50年ずっと一番人気だ。
それにしても屋号と商品名がまったく同じケースは珍しい。なぜ「モスバーガー」とつけたのか。
株式会社モスフードサービスの広報IRグループ・角田泰子さんに、さっそくメニュー名の由来を伺おう。
屋号そのままの会心作「モスバーガー」
角田さん「まず、店名のモスバーガーはハンバーガーより先にありました。MOSはM=Mountain(山)、 O=Ocean(海)、S=Sun(太陽)の頭文字。それをハンバーガーにも転用したのがはじまりです」
なぜハンバーガーに社名をそのままつけたのか。
角田さん「その前に……そもそものモスバーガーの話から。創業者が証券マン時代に駐在していたアメリカで最もおいしいと感じた、ロサンゼルスのトミーズのハンバーガーをヒントに生まれたメニューなんです」
ハンバーガーが日本で知られていない時代。ソースも100回以上試作し、パティやバンズも試行錯誤してどうにか作りあげた。
角田さん「開業資金800万円のうち、600万円以上を商品開発費で使ってしまったんですけど……それでも作りたかったのがこのモスバーガーでした。自信作なので、おそらくモスバーガーとつけたのだと思います」
「やっと完成したぞー!」と、声が聞こえてくるようだ。
角田さん「トミーズは辛いチリソースだったのですが、日本人にも合うようにマイルドなミートソースにして、コクやまろやかさを加えました。そんな、『一般的なケチャップ味の“ハンバーガー”とは違うオリジナルバーガー』との意味合いもあったはずです」
具材をはさむツールだけのバンズではなく、「サッと口どけがいいバンズ」にし、全体的な一体感やおいしさにもこだわった。
商品名も店名も、もはや区別なし。「一体の存在」
ちなみに、モスが生んだ「テリヤキバーガー」のように、「モスバーガー」はなぜ他社が追随しないのか。
角田さん「モスバーガーと名前がついていることに加えて、作るのが難しいのだと思います。ハンバーガーにたっぷりのミートソースをうまくかけられないと、垂れてきてしまいます。トマトの輪切りをお店で仕込むのも大変ですし、冷たい温度も大切なので作り置きもできません」
アルバイトが作るのに一番苦労するモスバーガー。ミートソースだけでも12回リニューアルし、それ以外を含めると数え切れないくらいの改良を重ねた。今年で50周年のモスバーガーには、技術向上の歴史が詰まっている。
角田さん「2020年のリニューアルでは、日本の要素を多く入れました。お酢やにがり、塩麹でうまみやキレなどをプラスしたんです」
日本の食文化を生かしたモスの原点回帰といえ、たしかに、さわやかな口当たりだ。
角田さん「モスバーガーの名前を変えようしたことはありません。モスバーガーはモスバーガーなので」
角田さん「店名と同じ名称の『モスバーガー』ですが、切り離せないくらい、モスを象徴する存在そのものです。一体になるくらいの存在。創業当時からの『医食同源』を体現していますし、できたての商品を届けたい思いなど、いろいろな要素がギュッと詰まった商品です。モスバーガーを食べていただき、モスの心も感じてください」
最後に、どうしても角田さんから紹介してほしいと言われた「和牛バーガー モスプレミアム(ポテト付きで1,680円)」。グルメバーガー業態・モスプレミアムの2店舗だけで販売され、元祖モスバーガーをグレードアップさせたものだ。チリソースを少し混ぜた、オリジナルのミートソースとハードなバンズでいただく。
取材協力:モスバーガー
【3店目】大戸屋
続いては大戸屋。ひときわお手ごろな価格なのに、おなかいっぱい食べられるサービス版的なメニュー「大戸屋ランチ(760円)」に、店名が冠されている。かつては人気No.1でもあった一品だ。
プロ野球選手を父に持ち、自らも白球を追いかけた、株式会社大戸屋 商品マーケティング本部マーケティング部の河瀬大二郎さんに話を伺おう。
永遠の自信作「大戸屋ランチ」
河瀬さん「創業当時から、常に人気ベスト5に入る大戸屋の看板商品。老若男女に愛されています」
ちなみに一日中提供するにもかかわらず、なぜ「ランチ」なのか?
河瀬さん「ランチには洋風の『定食の盛り合わせ』って意味もありますから」
その言葉どおり、最初の具材は、目玉焼き・ハム・唐揚げ・ウインナー・かぼちゃコロッケと洋食テイストだった。その後、客の声を採り入れてリニューアルを繰り返し、和風感のある今の姿になった。
大戸屋ランチは2019年の一時期、メニューから姿を消してファンに衝撃を与えている。はたして、その真相は。
河瀬さん「なくしたのではなくて、メニュー名を『大戸屋おうちごはん定食』に変更し、価格と中身も多少変えたんです。中身は目玉焼き・コロッケ・肉団子などになりました」
それだけ変えていれば、消えたと思うのも無理はないだろう。すぐに予想を超える再開希望が殺到。復活した。
そんな大戸屋ランチといえば、「かぼちゃコロッケ」がひときわ特徴的だ。
河瀬さん「大戸屋として、ボリューミーかつヘルシーなものを出したいので。それに応えられるのがかぼちゃコロッケだったんです」
そしてあの「きみだま」は、手間のかかる製法で独特の食感が作られていた。
河瀬さん「生卵を凍らせてから殻と白身を取り除き、凍った黄身を、だし醤油につけています。これにより、独特の食感に加え、だし醤油の味が染みわたります」
そんな大戸屋ランチのおいしさの決め手は?
河瀬さん「作りたてを提供することです。からあげはお店でカットして、生姜とニンニクを利かせた醤油に漬け込んで。ご注文をいただいてから、でんぷんをつけて揚げます。かぼちゃコロッケも、注文後にパン粉をつけて揚げますよ」
大戸屋ランチには注文を受けてから作る工程のおかずが多い。ほんの少し待つぶん、おいしいものが食べられるわけだ。
そのおかげで、熱々の竜田揚げとひんやりした大根おろしの温度差も心地よい。
新・自信作「大戸屋定食ひじき入り鶏つくね」
他の「大戸屋」が付くメニューで、いま売り出し中なのが「大戸屋定食ひじき入り鶏つくね」だ。メニューの一番目立つところにある。
河瀬さん「一度食べたお客さまからは、すごくおいしいって言ってもらえます」
河瀬さん「今後の大戸屋を形づくっていくような、社内ですごく自信があるものに、“大戸屋”の屋号をつけていますね。健康に気を配ったメニューにもつけているので、『これが流行るといいな』という思いも込めて」
最後に。元野球少年の河瀬さんに、大戸屋ランチを野球選手にたとえてもらった。
河瀬さん「長嶋茂雄です。存在自体がかっこよくて、いつまでも愛されていますし。ユニークな印象も強いですが、実はかなりの好成績。そんな存在であり続けるのかなって」
取材協力:大戸屋
【4店目】養老乃瀧
最後は養老乃瀧へ。老舗居酒屋チェーンのこちら、実は「養老牛丼(418円)」なる名物メニューがある。
あの、漫画『キン肉マン』にも登場する。囚われたキン肉マンにロビンマスクが養老牛丼を差し入れするシーンがあるのだ。兄の影響でキン肉マンが好きだった僕は、養老牛丼に思いを募らせていた。
だが、2000年代初頭でいったん消滅。2017年にグランドメニューとして復活し、そのうまさは牛丼3大チェーンを脅かすほどとも聞く。
養老乃瀧株式会社 営業グループ営業戦略セクション広報チームリーダーの長島一誉さんに、お話を伺った。
居酒屋ランチのはしりだった「養老牛丼」
養老牛丼の販売がはじまったのは1977年だ。
長島さん「当時、どうせ昼間はお店が空いているのだから、有効活用できないかと考え、牛丼を売ることになったそうです。昼間は牛丼、夜は居酒屋。いわゆる“二毛作営業”のはじまりでした」
いわば居酒屋ランチのはしり。最初はなんと1杯200円で大人気に。
長島さん「カウンター席で食べている人の後ろに、もう次のお客さんが整理券を握りしめて並んで待っている状態だったそうです。世間の物価上昇とともに、値段も上がりましたけど」
ボリュームと味でも評価され、若者を中心に人気を博し、競合他社にとっては脅威の存在だった。
長島さん「そのうち、牛丼専門店も増えました。1階は牛丼専門店で、2階が養老乃瀧になっている店舗とか」
24時間操業の工場近くなどでは夜勤明けの客をねらい、朝から牛丼とお酒を売り、彼らの疲れを癒やした。
長島さん「ですが、昼も夜もやらなきゃいけないのが大変で。夜の方が単価も高いですし。夜営業をしっかりやった方がいいと判断して、牛丼の営業を次第に縮小しました」
養老牛丼たちにかける養老乃瀧復活
当時の養老乃瀧は、1000店を超える出店状況だったが、現在はグループ全体でおよそ300店舗ほど。なぜ減少したのか。
長島さん「90年代前半にバブルがはじけて、その影響を受けました。さらに道路交通法の改正で郊外のロードサイド店などを閉店し、後継者のいないお店も閉めまして。コロナ禍でもダメージを受けましたね」
そして困難の中、数々の見直しを行った。その起爆剤の一つが、養老牛丼の復活だ。
長島さん「シメのメニューの新定番として、養老牛丼を復活させました。ただ、いま牛丼屋をはじめてもそこまで集客できないと思っていたのと、居酒屋で牛丼を売るなら、やっぱりシメだろうと。かつての7割程度の量で売り出しました」
レシピは昔そのまま。「昔よく食べていた養老牛丼だ!」となつかし需要が爆発し、瞬間的にはトップ級に売れた。今でも人気メニューの1つだ。
長島さん「おいしさの決め手は、白ワインで味の深みを出しつつも、食べ飽きないあっさり味です」
脂身がとろける肉と、だしの味が香るつゆだくのごはん。「あっさり」と聞くと味が薄いのかと警戒する人もいるだろう。だが、思ったより味がどんどん染みてくる。さわやかさと強さを兼ね備えた秀作の牛丼だ。
最後まで飲み食いした末に出るものだと思うと、ちょうどいい味付けだ。それにしてもうまかった。ちなみに通の食べ方は?
長島さん「牛丼の肉をちょっとお皿に取って、かつて提供していた牛皿のように、お酒のつまみにしながら食べてもいいかもしれません」
シメの牛丼を念頭に置いた、ゴールから逆算した飲み方もできそうだ。ちなみにこの養老牛丼、養老乃瀧にとってどんな存在なのか。
長島さん「一世を風靡し、一度は提供終了したメニューですが、『あの牛丼をもう一度食べたい』とお客さんに言っていただいた大切なメニューの一つですね」
ちなみに養老乃瀧には、日本初のプライベートブランド(PB)のビール、「養老ビール」がある。
当時、PBのビールはビール会社にとってそれほどメリットがないと考えられており、作れないと言われた。しかし、瓶ビールが飛ぶように売れていた養老乃瀧が、それを可能にした。
中身はサッポロ黒ラベルだが、養老牛丼のおともに呑んでみるのも一興だ。
取材協力:養老乃瀧
取材を終えて
屋号が入ったメニューたち。そこには各店の譲れないプライドに加え、とっておきのうまさがあった。
「切り離せず一体の存在」とまで語られた“モスバーガーのモスバーガー”のように、店の信じているものをきっと感じられる一品だ。
メニューが決まらずに迷っているとき。ここはお店にまかせて、店名を背負ったメニューを頼んでみてほしい。
筆者プロフィール
辰井裕紀(たつい・ゆうき)
ローカルネタ・卓球・競馬などが得意のライター。過去に番組リサーチャーとして秘密のケンミンSHOWなどを担当。著書「強くてうまい!ローカル飲食チェーン」発売中。
Twitter:@pega3
編集:ノオト
*1:2001年に国内で初めて発見された牛の病気「牛海綿状脳症」に関連する社会問題。食肉の安全が問われた
Source: ぐるなび みんなのごはん
特撰富士そば、モスバーガー、大戸屋ランチ、養老牛丼——チェーンの勝負メニューが店名を背負う理由